シンソウ

ハン・ノヴァあたりのギュスレス。
付き合ってない感じでもイチャイチャしてるといい。


 

 客間に飾られている花瓶の水を取り替えて新しい花を生ける。花びらの向きを整えていると、レスリーの背後に男が寄り添うように立った。肩の上に重みを感じると同時に、レスリーのものとは違う長い金の髪が彼女の頬の横を滑り落ちていく。
「重いわ、ギュス」
 レスリーは振り返らずに短く苦言を述べる。アニマは感じずとも誰かはすぐにわかる。
「疲れたから癒されにきたんだ」
 間近に聴こえる声をくすぐったく感じながらも、レスリーは軽く眉を顰めてみせる。
「癒されるだなんて。あなたを癒してくれる人なんて沢山いるでしょうに。果物屋のルイーズ? 道具屋のアメリ? それともツール屋のセシリーかしら」
 ハン・ノヴァの城主は立場にもかかわらず城下町で良く目撃されている。その目撃証言は大体が女性の名前と一緒に囁かれるのだ。噂は好まずともレスリーの元に集まってくる。何故か彼女の耳に入れるべきだと考え、わざわざ伝えてくる者までいるくらいだ。
「誤解だよ。いや、癒されているのは事実か?」
 依然として肩に乗ったままの質量とは違って軽やかに答えるギュスターヴに、レスリーは嘆息する。彼女とてその噂話に呆れこそしても、一々心乱されるわけではない。色々と邪推して尾ひれをつけて吹聴する者もいるが、大概はただ談笑していただけとかだったりする。いやに親しげだった、というのは確かなことだろうが。
 ケルヴィンがいればギュスターヴに君主としての品格について諭し始めるところだろうが、ギュスターヴの性分は言って変わるようなものではないのだ。レスリーはこうやって時たまちくりと嫌味を言ってみるぐらいで、とうに諦めている。
 しかし、仮にも『鋼の覇王』がツール屋に一体何の用事があるというのだろう。店内で看板娘と二人でいるのを見かけたという話は他の話の中でも気になったのは事実だ。レスリーは自分が発した言葉に確かに棘があったことを自覚する。二度目の溜息は自分自身に対してだ。諦めているはずなのに馬鹿みたい。
「ギュス、どいてくれない? 私まだやることがあるのよ」
 彼に触れられるのが嫌なわけではない。でもこの心境のままでは良くない気がしたので、レスリーは敢えて突き放す言い方をした。すると、ギュスターヴは彼女の髪からは顔を離したものの、両腕を彼女の前にひろげるようにだした。彼の手が彼女の頭上まであがってまたおりていく。レスリーの胸元に何かが触れた。
 レスリーはギュスターヴが彼女にかけた首飾りに触れた。紐の先には青く煌めく丸い石がついており、石のアニマを感じる。石を取り囲む枠は金色で、精妙な線を彫った装飾がほどこされていた。
「ギュス、これって……」
 驚いて振り返るとギュスターヴは悪戯っぽく笑った。
「この前、石のツールが壊れたのだろう? ツールとしての出来はわからないが、あそこの店の物は意匠を凝らしているときいてな」
 レスリーはそっと石を指の腹で撫でてみた。確かに石のツールは壊れたばかりだったが、ふとそうこぼしたのを覚えていたのか。それでわざわざツール屋に足を運んだのかと思うと、言い知れぬ嬉しさがこみあげてくる。
「ありがとう」
「うん。感謝のキスなら受け付けるぞ」
 そうやっておどけてみせる彼を心底ずるいと思うと同時に愛しく感じる。曖昧な関係性に時折ふと悩むことはあれど、彼女が傍に居続けるのはこうやって彼が彼女の心を捕らえて離さないからだ。
 たまには翻弄される側にもなって欲しいと、僅かばかりの反撃を狙って、レスリーはギュスターヴの肩にしがみつくかのようにして踵を上げた。
 一瞬の接近の後体を離すと、自身の頬に手をあてて呆然とするギュスターヴが目にうつり、レスリーは声をたてて笑った。
「感謝のキスは受け付けているんでしょう?」
「……まさか本当にするとは思わなかった。いや、一回と言わず何回でもいいぞ」
 すぐに調子を戻したギュスターヴの相変わらずな様子にレスリーは苦笑した。

 


First Written : 2024/02/10