そういう風の吹き回し

RS世界でのヴァン先生とミーティア。


 

 魔物に囲まれ、もう駄目だと思った時に吹き抜いた一陣の風。品を感じる佇まいに、優しい控えめな微笑み。顔の皺が長年刻み込まれた知識の結晶のようで、何もかもが輝いてみえた。
 私の憧れの人。
 
 
「まさか、ヴァン先生が昔はあんなに可愛い美少年だったなんて! 私はどうすればいいと思いますか?」
「どうもこうも。言いたいことはわからないでもないけど」
 バンガードのパブの一卓で、ミーティアが手で顔を覆うようにして俯いた。向かい合って座っているプルミエールは、視線を落として自分のカップの紅茶を啜った。ミーティアの指の隙間からはとろけるような笑顔が垣間見えるものだから、プルミエールも真面目に取り合うつもりはなかった。
 ミーティアの術の師匠——プルミエールが知っているヴァンアーブルは、壮年の男性だった。長年貴族に仕えてきたこともあり、その物腰は上品で落ち着いていて、眼差しは思慮深い。
 ところが、ここバンガード——彼女達が異界の戦士として召喚された見知らぬ世界で出会った彼は十代の少年だった。髪や肌は艶々としており、身長も彼女達より頭一つ分小さい。実年齢よりもさらに幼く見えるタイプのようで、一言で称するならば『可愛らしい』——そんな出で立ちだった。異界の戦士は同じ時間軸から召喚されるとは限らないらしい。ミーティアとプルミエールはたまたま同じ時代からだったが、彼女達より数十年前のサンダイルから来たと思われる者たちもいた。
 ミーティアはそれでも一目で彼を彼として即座に認識したようだった。その結果、何も知らないヴァンアーブル少年にいきなり抱きつく、という事件があったのだが。引き離し、説明をして誤解をとき、ミーティアがヴァンの未来の弟子なのだということをわかってもらった。興奮しすぎてまくし立てるミーティアのかわりにプルミエールやロベルトが説明することになったのは言うまでもない。
 パブの扉が開き、噂の人物が足を踏み入れる。緑と濃紺の長いローブを身にまとう少年は華奢で、その瞳を縁取る長い睫毛も相まって、儚げな印象を周りに与える。
「ミーティア、そんなところにいたのかい」
 まだあどけなさが抜けない高い声が空気を震わせる。
 ヴァンアーブルは、最初は戸惑っていたものの、元々生真面目な性格ゆえか今はミーティアの師匠たらんとつとめている。幼くても術の力は優れていた為、実力の差を見てもミーティアに教えることは多かった。
「ヴァン先生!」
 ミーティアが嬉しそうに飛び上がった。立って並ぶと体格差があるので傍から見てもちぐはぐな感じである。ヴァンはまだ『先生』と呼ばれることに慣れていないのか、一瞬眉をひそめたが、すぐに気を取り直して続けた。
「少し遠征に行くことになったんだ。しばらく留守にするからその前に一度、教えたことのおさらいをしようかと思ってね」
「ヴァン先生、優しい……感激です〜」
「前も思ったけど、五十の僕はどんな師匠だったの?」
 大袈裟なぐらい瞳をうるませるミーティアに、ヴァンは顔をしかめた。
「そりゃあもう、修行に関してはとても厳しくて。山がつくれる程の本を一晩で読むとか、魔物が沢山いる洞窟に一人で、とか……」
「ごめん、やっぱり聞かなかったことにして」
「でもでも本当は優しいんですよ! うまくいかなくて落ち込んだ時はじっと話を聞いてくださって」
「ねぇ、もういいから」
 ミーティアが嬉々として語る言葉に、ヴァンは額をおさえるようにして制した。自分が思っている未来像とのズレがまだ受け入れきれていない。
「そんな訳で、彼女を少しお借りするよ、プルミエールさん」
 ヴァンは師弟のやりとりを興味深く見ていたプルミエールに向き直った。
「ええ、ごゆっくりとヴァンアーブル師」
 少し含みのある彼女の微笑みに、ヴァンは苦笑いを浮かべると、ミーティアと連れだってパブを後にした。

 


First Written : 2022/06/02