りゆにのシィレイとダリアスの話。
第1話と第2話の間ぐらい想定。
バンガードの屋敷。クラヴィスの本部があるそこにある男が訪れる。さも自分の部屋であるかのように我がもの顔で歩く黒髪の男を見て、机で肘をついて書類に目を通していたダリアスは自分の手のひらに乗せていた顎がぐらりと落ちる感覚を覚える。
「北へ向かったんじゃないのか?」
数日前に別れを告げたはずのシィレイの姿に呆れた声が漏れる。
「北は寒いっていうじゃないか、気が向かなくてね」
帰ってきた返答にダリアスはまた脱力する。シィレイの旅を援助する為に各地の異界の戦士へ手紙の手配も済ませたところだ。他の仕事よりも優先したというのに当の本人がここでのんびりしているとはどういうことか。また面倒事を言い出すのではないかと不安になるものの、生憎今この部屋にはダリアス一人しかいない。(アーサーに至ってはつい先程まで居たというのに、いつの間にか姿を消しており、意図的に逃げたのだと思われる)
「真面目に探す気はあるのか?」
「何、ちょっとした骨休めだよ」
「だからってわざわざここに来る必要はないだろう?」
警戒しながら訊ねるも、シィレイはただ楽しそうに部屋をぐるりと眺める。ダリアスの前に積まれた書類の山を見てふふんと鼻で笑った。そこに綴られた名前を指で辿るようになぞる。
「ここは異界の戦士が多いからね。詩人は詩の題材を得てこそ仕事ができるってものだろう?」
彼の目から隠すように書類を自分の方に引き寄せたダリアスに構わず、シィレイは琵琶を一つかき鳴らした。
「任務を忘れたメカ。人を操る卵。竜と人間の哀しき交流——」
シィレイは棚の上に飾られている写真立てに目を止める。
「ああ、人間と妖魔の恋などは詩の題材としては最高だろうね」
「!」
肩を強ばらせたダリアスをちらりと一瞥して、シィレイは愉快そうに声をたて、ニィと口角をあげた。
「牙が研ぎ澄まされてるじゃないか、嬉しいよ」
腰を半ば浮かせるかのようにして下から睨めつけるダリアスを見て翠の瞳が妖しく光る。張り詰めた空気がしばし流れ、それからふっとダリアスの方から視線が外された。
「おや? どうしたんだい」
シィレイが首を傾げると、ダリアスが息を吐いて腰を下ろした。
「いや——。お前の目的は正直わからないが、無闇に人を傷つけるばかりでもないだろうさ」
ふうん、とわざとらしく大きな声でシィレイは自分の顎に触れた。
「君の物差しで測れば誰もが皆『悪い奴ではない』になりそうだ。もっと人を疑ったらどうだい」
「うるさい」
ダリアスは生傷に触れられたかのように一瞬顔を顰めたが、すぐにそれを振り払うように視線を書類に戻した。
「さっさと行け」
「ふふ、わかったよ」
琵琶をかき鳴らしながら、シィレイはゆっくりと外へと向かったが、入口でくるりと回ってダリアスを見つめた。
「次に会う時に君の斧がなまくらになってないよう願うよ」
ひらひらと手を振って去るシィレイの後ろで扉が閉まると、ダリアスはまたふうと大きな息を吐いて椅子の背もたれに体を預けた。横にある棚に飾られた写真立てに写る笑顔のリアム、アーニャ、アニー達を見る。
数日前、赤髪の少女が口にした言葉がダリアスの脳裏に浮かんだ。
『ダリアスさん、寂しい?』
どういう意味かと問返せば、楽しそうだったから、と彼女は笑っていた。
(——何が、楽しそう、だ)
リアムの横で極上の笑みを浮かべるアーニャこそ毒牙にかけられるとも限らないのに、何を呑気なと思う。
やれやれ、とダリアスは肩を竦めて次の書類を手に取った。シィレイが鳴らした琵琶の音が耳に残った。
First Written : 2023/12/12