ハリード×ファティーマ姫。月を見て姫を思うハリード。
「姫様、戻りましょう」
声を極力ひそめたとはいえハリードの声はその耳に届いているだろうに、ファティーマ姫は軽やかに階段を駆け上がっていく。
「外は冷えます。部屋に戻りましょう」
「心配いりません。このように外套も持ってきています」
必死に追いかける彼を振り向いてにこりと微笑むと、姫は構わず塔をのぼっていく。足音をほとんどたてることなくするすると進む姿はさながら猫のようだ。
ハリードが最上段に辿り着いた頃には、ファティーマ姫は扉から外に躍り出ていた。満天の星空を背負った姫が、光を一身に浴びるかのように両手をひろげて彼を出迎える。
「ハリード、こっちに来て!」
「姫!」
屋上の縁に手をかける彼女をハリードが慌てて追いかける。万が一にでも落ちたら命は無い高さだ。彼が流した冷や汗など露知らず、ファティーマはうっとりと眼下の光景を眺める。
城下町に灯る明かりと、漆黒に塗られた空に散りばめられた星々。そして明るく、大きな月がぽっかりと砂漠一帯を統べるように浮かぶ。
「なんて美しいのでしょう」
「……そうですね」
彼女を連れ戻すことを半ば諦めたハリードは自分もその景色に飲まれていることに気づく。
「ハリード、私はこの国が好き」
「はい」
「そしてこの国の夜空に浮かぶ星や月を、あなたと一緒に見るのは格別に好きなのです」
——エル・ヌール。
その言葉がファティーマ姫の唇から紡がれるのをハリードは魅入られるように見つめていた。
私の、光。