女神

テイルズオブシンフォニアよりユアン×マーテル。
過去サイトより発掘。

 


 

月明かりに照らし出された姿は幻想的でこの世のものとは思えなかった。

木々の間から射し込む光が彼女の姿を浮かび上がらせる。
白い肌は闇の中でいっそう輝きを放つようであった。
動く度に揺れる長い髪は、風をうけて彼女と一緒に舞った。
星屑をちりばめたように、翼が煌めく。

彼はその光景に息をのんだ。
呼吸を忘れたかのように、微動だにせず、彼は彼女に見入っていた。

形容しがたいその姿に彼はただ一つの言葉を連想した。

___『女神』、と。
 
 
(マーテル……)

切ない喘ぎが溢れた。
呼びかけた言葉は声にならなかった。

(マーテル…)

悲しみに胸を締め付けられ、息苦しさの中でただ胸の鼓動だけが大きくなっていく。

(……マーテル…)

わけもわからないまま、彼はその名を口にする。

彼の声にならない声が伝わったのか、マーテルは振り返った。

「ユアン……?」

彼女のその言葉で、呪縛が解ける。
ハッと体を硬直させると、ユアンは目を瞬かせた。

(今のは、一体……?) 

感覚を確かめるように自分の腕を触る。
流れた冷たい汗を拭った。

「どうしたの、ユアン?
 顔色が悪いわ…。」

彼の顔が蒼白になっているのを見て、マーテルは心配そうに言った。
優しく響く声に幾分か心を安らげ、ユアンは首を横に振った。

「いや…なんでもない。」

自分でもよくわからないことで彼女の心配の種を増やすこともない。
彼はそう思い、彼女に少し微笑んでみせた。

羽根で空中に浮かんでいたマーテルは、彼の方へと舞い降りた。

彼女を迎えるように広げられたユアンの腕に手を伸ばす。
温もりが触れて、ユアンは知らずに安堵のため息をついた。
バランスを崩さないように支えると、彼女は小さな音をたてて着地した。

「マーテルは何をしていたんだ?」

透明に輝く羽をしまうと、マーテルは微笑んだ。
ふんわりと若葉色の髪が揺れる。

「風のマナを感じていたの。
 そうしていたら、誘われちゃって。」

ふふ、と彼女は笑みをこぼした。
風のマナが彼女を取り巻いて舞うのを感じて、ユアンも微笑をもらした。

「マーテルは精霊に愛されているな。」

「ミトス程でもないわ。
 それに…」

言葉を途切れさせ、マーテルは視線を落とした。

「それに、ここはまだマナが濃いから……」

憂いを帯びて伏せられた睫が翠色の瞳を隠す。

言葉の変わりにユアンは彼女の肩に触れた。
そっと抱き寄せると、暖かさを感じる。

(生きている…)

ユアンは安堵している自分に気がついた。

『女神』……一体なぜそのようなことを考えてしまったのだろう。

目の前にいる彼女は女神でも何でもない。
彼と同じハーフエルフであり、彼が愛しているただ1人の女性なのだ。

この温もりも、心も、すべて彼女だけのもの。

「ユアン…?」

戸惑いがちにマーテルが首を傾げる。
もう少しだけその温もりに甘んじると、彼は体を離した。

「私なら…大丈夫よ。」
彼の視線に何かを感じたのか、マーテルは微笑んで言った。

ユアンはしばしマーテルを見つめていたが、ふっと息をもらして口を開いた。

「……少し、休もう。」
唇に微笑を浮かべる彼を見つめて、マーテルは頷いた。

「ええ。
 皆が心配するといけないもの………でも…」

彼女はユアンの腕に触れると、そのまま彼の胸に身を預ける。
とくとくと脈打つ心臓の音を聴くように、彼女は瞳を閉じた。

「もう少しだけ……こうしていたいわ…」

寄り添ってきた恋人にユアンは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにその瞳は優しさを帯びる。

「マーテル……」

耳元で名前を囁くと彼は彼女を抱き締めた。

安らぎと癒しを求めて、ただお互いの温もりに顔を埋める。
この暖かさを永遠に忘れない、と誓うかのように。
 


First Written : 20XX/XX