残光

1239年「病床の母」の数日後あたりのギュスターヴと彼を取り巻く人々。

 


 

 
 ヤーデ伯の屋敷の前庭にケルヴィンはいた。丘の上にあるそこからは町が一望できる。昼をとうにすぎ、傾き始めていた陽が町に影をつくりはじめていた。
「ケルヴィン!」
 声をかけられてケルヴィンは振り返った。彼の元にフリンが駆けあがってくる。フリンは酷く慌てた様子だった。
「ギュス様、見なかった?」
「いや、見てないが……」
「どこ行っちゃったんだろ!」
 ギュスターヴがふらっとどこかへ行く。それはよくあることだったが、今はそうとは片付けられない事情があった。
 ギュスターヴの母親のソフィーが亡くなったのはほんの数日前だ。埋葬と別れの儀式の間、ギュスターヴは終始静かで淡々としていた。それがひと段落した今、彼は改めてその空白に耐えなければならなくなる。一番近しい肉親を亡くした彼が何を思うのか――
「ボク、ずっと見てたのに……!」
「落ち着け、フリン。いつもの剣は持っていったのか?」
 泣きそうになってるフリンをケルヴィンは宥める。
 多分、とフリンは頷く。
「町の外に出たのかな……ボク、探してくる!」
「おい、フリン!」
 フリンはそのまま走り去り、遠い黒い点となってしまった。日没までそれほど時間はない。ケルヴィンはしばらくその方向を見つめながら思案していたが、踵を返して、ヤーデ伯の屋敷に向かった。

 ヤーデの町から西へ続く街道の先を、鋼の剣を腰に携えた少年が歩いていた。その彼をを追いかける声があった。
「ギュスさま~!!」
「……フリン」
「ボクがちょっと離れた隙にいなくなっちゃうんだもん」
 追いついてきたフリンが彼の服の裾を掴むのでギュスターヴは立ち止まった。彼は唇をきゅっと引き結んだまま、はぁはぁと肩で息をしてるフリンを見下ろす。
「ねぇ……ギュス様っ…どこへ、行くの?」
「……さぁな」
 フリンが息継ぎの合間に問いかけるのを、ギュスターヴは素っ気なく返す。そして街道の先を見つめた。そこは草が生い茂り、ほとんど道ともいえぬ道になりつつあった。
「とりあえず行けるとこまで行こうかな」
 彼がまた歩みを始めると、フリンも同じ歩調で歩き出す。足音が続くのをきいて、ギュスターヴは自分の肩越しにフリンを見た。
「お前、ついてくるのか?」
「だって、ボクはギュス様が行くとこはどこまでも行くよ」
「そうか」
 ギュスターヴはまた前を向いた。フリンはギュスターヴの頬が赤みを帯びているのを見つめながら歩く。沈みかけた陽が空を茜色に染めあげていた。
 残光が目に眩しい。その光を遮るように向こう側から大きな影が近づいてきていた。
 パタッパタッと軽やかな音が聞こえ、その影は彼らの行く手を遮る。
「やっと見つけた」
 ギュスターヴとフリンは目を細め、逆光で影となったそれを見上げる。フリンが驚いて声をあげる。
「ケルヴィン!」
 ギンガーに乗ったケルヴィンは呆れたように眉を寄せていた。徒歩では追いつけないと判断した彼は父親からかりてきたギンガーであたり一帯を探していたのだった。
「今から一体どこに行くつもりなんだ。モンスターの群れの中で野宿でもするつもりか? 全くお前は無計画だな」
「いいだろ、別に」
 正論を説かれ、ギュスターヴは決まり悪そうにそっぽを向いた。特に何か目的を持っていたわけではなかった。ただ、ソフィーの香りが残る家にいるのが耐えられず、あてもなく歩いていただけだった。
「……それにしてもお前すぐ見つけてくるよな」
「……? なんか言ったか?」
「なんでもない」
 地面に向かって呟かれた言葉はケルヴィンの耳には届かなかったようだ。
 やれやれ、とケルヴィンは嘆息すると、馬上からギュスターヴへ手を差し伸べる。
「ほら、今日は帰るぞ」
「……うん」
 素直にケルヴィンの手を取り、ギュスターヴとフリンは共にギンガーの背に跨った。 

 ケルヴィンがギンガーを走らせるとすぐにヤーデの街並みが見えてきた。そのまま速度を落として、ギュスターヴの家まで進ませる。
 彼らが近づくと屋敷の戸の前で座り込んでいた人物が気づいて立ち上がった。スカートを払い、ギュスターヴを睨みつける。その目の端には涙が滲んでいて、睨まれた当人はまたバツの悪さで俯くのであった。
 ギンガーから降りたギュスターヴにレスリーは言う。
「おかえりなさい、ギュス」
「……ただいま」

 


First Written : 2021/04/11