余白

『父の急逝』あたりのギュスレス。
前に書いた『空白の部屋』と繋がっています。

 


 

 日が傾き始め、夜の気配が忍び寄る頃、レスリーはワイドの執務室にいた。机に向かって座るギュスターヴの姿に、ある確信を得る。
「決めたのね」
「……そういうことだ」
 フィニーへ向かい、挙兵するべきか否かを彼女に相談したのは数日前だった。その時にも彼の選択を予感はしていたが、どうやら腹を括ったらしい。
「それで、何か改めて話があるの?」
 レスリーが問うと、ギュスターヴは机の引き出しを開けて、何かを取り出した。
「これは……?」
 目の前に置かれたのはひとつの封書であった。どことなく見覚えのある筆跡にレスリーは思考を巡らす。誰が書いた文字だったか——
「かあさまの……母上の部屋で見つけた。父に、宛てたものだ」
「ソフィー様の……」
 口にして、レスリーはふと思い出した。ギュスターヴの母ソフィーのアニマが自然に還ってからしばらくした後に、彼がソフィーの部屋のドレッサーの前で立ち尽くしていたことがあった。その時に見つけたものだろうか。
「中身は?」
「読んでない」
 ギュスターヴが首を横にふった。
「読むのが怖かったんだ。情けないことに今でも読む勇気がない」
 
 ——そこに後悔が綴られていたのなら?
 
 それを思うと、ギュスターヴにはどうしても読めなかった。息子である彼の前では決して見せなかった思いをソフィーがその手紙に吐露していたのなら——
 フィニー王妃として何不自由無い生活を約束されていたソフィーが、王国を追放され不慣れな地で苦労したのは全てギュスターヴのせいだ。その事実は承知の上でなお、直接母の言葉で悔恨が記されていたらとても耐えられない。
 
「城を出る時、門の前で母上はしばらく立ち止まっていた。今になってその姿を思い出すんだ」
 目に焼きつけるかのようにして、静かに頭を垂れていたソフィー。その心中には一体どのような想いがあったのか。当時は自分の不幸で頭がいっぱいで、母親の気持ちを慮《おもんばか》ることはできなかった。
「ギュス……」
 彼が浮かべる自虐的な笑みにレスリーは胸を痛めた。吐息をこぼすように名を呼ぶと、ギュスターヴは気づいたように顔をあげる。そして、今度はまっすぐに彼女を見つめた。机に置いた封書に手を添え、レスリーに向かって差し出す。
「これを、預かっていて欲しい」
「どうして私に?」
「ついてきてくれるんだろう?」
 しっかりとした発声と反して、彼の瞳の奥で不安が揺れるのをレスリーは見てとる。
「いつか、父に渡さないといけないと思っていた。結局機会は失ったが……それでもあの地に行くならば、届けるべきなのだと思う」
 だから、とギュスターヴは言葉を区切った。
「君に、持っていて欲しいんだ。見届けて欲しい」
 胸に抱えて闘うには重たすぎる荷物を、預かっていて欲しい、と彼は希った。
「そう。わかったわ」
 レスリーが頷くと、ギュスターヴが微かな安堵を浮かべた。
「ありがとう、レスリー」
 レスリーはその手紙をハンカチで丁寧に包んでから胸に抱いた。ギュスターヴは肩の力を抜き、肘掛椅子に凭れかかる。話が終わったことを察してレスリーは辞去しようとし、思い直したようにふと、立ち止まった。
「ねぇ、ギュスターヴ」
「ん?」
 
 ——その時が来たら、この手紙を読みましょう? 一人では無理なら、一緒に。
 
 頭に浮かんだ言葉を口にするかわりに、レスリーは微笑んだ。
 
「……きっと、大丈夫よ」

 


First Written : 2022/11/13