レンエン

リマスター後追加シナリオネタバレを含みます。
『忘れじの詩』の後日譚。


 

 ケルヴィンからの手紙はまずグリューゲルにあるベーリング家に届く。そこからレスリー宛のものが近くの村へ送られてくる。
 レスリー宛の手紙の中には無記名の封書がもう一通封入されている。それはレスリーの同居者、つまりはギュスターヴ宛の手紙だ。
 ギュスターヴはレスリーから宛名の無い封書を受け取った。片腕しかない彼のために、渡された時には既に封は切られている。でも彼女が中身を見ることはない。見たところでそれはケルヴィンとの間に昔取り決めていた暗号で書かれているのだから、多分意味はわからないだろう。暗号はレスリーに読まれないためにではもちろんなく、見知らぬ誰かに傍受されないための対策だ。
 なにせ、ギュスターヴ十三世はもうこの世にいないはずなのだから。
 レスリーがまた家の中に入っていくのを見送って、ギュスターヴはテラスで手紙を読むことにした。取り出すときに小さな包みが転がり出てきて慌てて受け止める。ギュスターヴには丁寧に包まれたそれに心当たりはなかった。
 疑問に思いながらギュスターヴは几帳面な字に目を走らせた。
 
 
 
「レスリー」
「ギュス。まだ夕食はできてないわよ?」
「そうではなくてな」
 台所で食材を眺めていたレスリーの第一声にギュスターヴは苦笑いを浮かべた。彼女が調理をするのを見物するのがなんとなく気に入っているので、レスリーはギュスターヴが常に腹をすかせていると思っている節がある。
「ちょっとこっちに来てくれ」
 彼女を外に手招きする。
「どうしたの? ケルヴィンが何か書いてた?」
 テラスのテーブルにひろげていた手紙を一瞥して、レスリーが不安そうにする。
「いや、そうではないんだが……」
 ギュスターヴはテーブルの上にある小包を持ち上げると中身を自分の手のひらにのせた。
「これをもらってほしいんだ」
「?」
 レスリーが一歩近づいて、ギュスターヴの手のひらをのぞきみる。夕方の光を受けてきらっと光ったのは指輪についた青い石だった。
「これってまさかクヴェル? 強い水のアニマを感じるわ」
「そうなのか? これはマリーが持っていたものらしい」
 金色のリングは女性の指を飾るような細身の意匠で実用性よりは装飾を目的としたものに見えた。
「もとはといえば、母上のものだそうだ」
「ソフィー様の。そんな大切なもの、とても受けとれないわ」
 レスリーはソフィーの名前に懐かしく微笑んでみせたものの、すぐとんでもないとばかりに首を横に振った。
「俺が持っていても仕方ないからな。レスリーはずっと水のツールを持ち歩いてるだろう。そのかわりにいいんじゃないか」
「それはそうだけど……」
 彼女が口ごもる。
 レスリーはいつだったかわからないぐらい前から水のアニマを肌身はなさず持ち歩いている。それがギュスターヴのためなのだということを、彼も密かに知っていた。
「それに、君に持っていてほしいんだ」
 ギュスターヴがレスリーの瞳をじっと見て懇願すると、彼女は観念して頷いた。その頬が紅潮しているのをギュスターヴはくすぐったい思いで見つめる。
「……わかったわ。ありがとう」
 ギュスターヴは指輪をレスリーの手のひらにのせた。そこでふと思いつく。
「ちょっと待て。……うん、手を出して」
 嵌める指を選んでいたレスリーをいったん呼び止め、ギュスターヴは彼女の手から再び指輪をつまみ上げると、それを注意深くレスリーの指に嵌めた。
「ありがとう」
 礼を言って今度こそ真っ赤になったレスリーに、ギュスターヴも顔を熱くした。ケルヴィンがこれを見越していたことを考えると思惑通りにするのはやや腹立たしい気もしたが、大きい店がある街で自由に物を選ぶのも難しい今ではそこは目をつぶることにする。
 あっ、と言ってレスリーが自分の首にかかった革紐を探った。持ち歩いていた水のツールを引っ張りだす。
「これを持っていて。もちろんかわりになるような上等なものではないけれど、お守りがわりにずっと持っていたものよ」
「俺が持っていても使えないぞ?」
「いいのよ、それで。あなたに持っていてほしいから」
 レスリーが両手をひろげるのにあわせてギュスターヴが屈むと、彼女は彼の首にお守りをかける。革紐の先にぶら下がる木の枠にはまった小さな石は碧色にきらめいた。
「ありがとう」
 ギュスターヴが感謝の言葉を返せば、レスリーが嬉しそうにふふっと笑った。
「これで何かあっても居合わせた誰かがあなたを助けることができる」
「何かって……。レスリーが一緒にいるんだろう」
「そうね。……そう、ずっとそばにいるから」
 レスリーの瞳がきらりと光る。傾いた陽の光が二人を紅く染め上げる。
 長く伸びた影が一つに重なった。

 


First Written : 2025/05/06