遠回り

昔の約束を思い出したギュスターヴ。リマスタークリア後推奨。


 

「見逃してくれ! 後で何でも言うことを一つ聞くから!」
 そう言って走り出した少年は遥か遠い記憶の中の姿。青く瑞々しかった、淡い思い出。
 
 
 
「……そういえば」
 ギュスターヴがふと思い出したようにつぶやく。
「あの時の約束、まだ聞いてなかったよな」
「あの時の約束って?」
 レスリーは、外に干していたシーツを畳んで片付けながら首を傾げた。てきぱきと動く彼女をソファーから見上げていたギュスターヴは、右手に持った本をおろすと「あれだよ」と続ける。
「何でも一つ言うことを聞くってやつ」
「あら、覚えてたのね」
「ということはレスリーも忘れてなかったんだな。いつ言われるかなってずっと気が気でなかったんだぞ」
「何を言ってるのよ、今さっき思い出しただけでしょう」
 レスリーが笑い飛ばすとギュスターヴもふっと口角を上げた。話をしている間にもレスリーは台所へと消えていく。
「当時気を揉んでいたのは本当だ。そのうち忘れたけどな」
 ゆっくりと腰を上げたギュスターヴは彼女の後についていく。レスリーは中央のテーブルに並ぶ食材を眺めながら腕を組んでいた。献立でも考えているのだろう。
「何かないのか?」
「え?」
「その、今の俺に叶えられることになるが……」
 ギュスターヴは自分の左腕があるはずの場所を指差す。レスリーはちらっとそこを見やった後、改めてギュスターヴの顔をじっと見つめなおした。
「そうねぇ……」
 幾ばくかの間の後に彼女の瞳に悪戯めいた色が浮かぶのを見て、ギュスターヴはわずかに後ずさる。なんだか嫌な予感がする。
「今日の夕食でも作ってもらおうかしら?」
 果たして、彼女が出した無茶な要求にギュスターヴは大袈裟に顔をしかめてみせた。料理経験などない上に今は食材をただ切ることさえ難しいだろう。
「今の俺ができること、と言ったつもりだが」
「大丈夫よ、私も手伝うから」
 楽しそうにレスリーが笑う。
 ほらこっちに来て、と手招きをする彼女にギュスターヴはしぶしぶ従った。
 
 
 
「どう考えてもレスリーが一人でやる方が楽だったろう?」
 食後の後片付けもなんとか終えて、ギュスターヴはぐったりとソファーに身を沈めた。手伝う、とレスリーは言ったが、もはやどちらが手伝っている側なのかわからない状態だ。
「ふふ、それは何十年も放ったらかしにしていたから、ってことで」
 レスリーは声をたてて笑うと、ギュスターヴの隣に座った。不慣れなりに彼が約束を守ろうと努力してくれたことがただ嬉しかった。
「……もう叶ってたのよ」
「え、何か言ったか?」
「ううん、なんでもないわ」
 レスリーは首を横に振ると、ギュスターヴの肩へと寄りかかった。お疲れ様、と彼を労う。
 
『何でも一つ言うことを聞く』
 単純なお願いで終わらせてもよかったのに、レスリーは長年それを大事に抱え続けていた。ギュスターヴがそんな約束をしたことを忘れていたとしても。
 願いはあった。しかしそれを口にすることはできず、ずっと胸の奥にしまっていた。言ってしまえば、彼の枷になると考えていたから。
 
 ——そばにいさせてほしい。
 
 叶えてもらうことは願わない。自分でそうなるようにしたらいいだけ。そうしてレスリーはずっとギュスターヴの傍に居続けた。ギュスターヴもそれを許してくれた。
 
「約束、守ってくれてありがとう」
「ん? うん」
 すぐそばにいる人は照れくさそうに笑った。


First Written : 2025/11/23