奏鳴

大陸の覇者より。従者レブラントの話。
権力を授けし者2章のネタバレを含みます。


 

 王妃ウルリカの葬儀は厳かに執り行われた。突然の喪失はエドラスの民に衝撃を与え、心優しい王妃に別れを告げようとクラグスピアの城前広場には多くの人が集まり、行列をなしていた。
 その中心の棺のそばに王女姉妹はいた。静かに涙をこぼす妹姫のアラウネ、そしてその彼女の肩を抱き、目を伏せる姉姫のエリカ。
 レブラントは少し離れたところから彼女達を見つめていた。
 王妃の死は不慮の事故とされていた。しかし、彼はその死の真実を知っていた。
 パーディス三世は世継ぎに女は不要と断じ、王女達を処刑するつもりだった。ウルリカは自らの命を賭して、王女達を生かした。覚悟を持って死を選ぶ彼女の娘達には同じだけの気概があると証明して。
 ――戦友。
 王妃ウルリカに戴いた言葉をレブラントは噛み締める。その言葉に自分は相応しいのだろうか。
 立ちはだかる運命から子を匿うのではなく、立ち向かう力を教えること。そして、自らが盾になること。ウルリカは彼がいつか発した言葉を見事に体現したのだ。
 レブラントのあの時の言葉が彼女の運命を決めてしまったのではないか。立派な口上を述べておいて、自分にはそれ程の覚悟があるのだろうか。
 王女姉妹の姿を見ると、彼の心の中には迷いが生まれる。王妃の妹の元で逃げ延びた方が良かったのではないかと。彼の言葉は王妃と王女達をさらに過酷な運命に追いやっただけではないだろうか。
 彼の苦悩を分かち合える人はもういない。彼の戦友は戦死したのだ。

 葬儀を終え、レブラントは城へ戻る道すがらで彼は王女エリカの姿を見つけた。ドレスから着替えた彼女は剣を持ち、それを懸命に振っていた。
 「エリカ様……」
 思わず溢れた声に彼女が振り向く。エリカの額からは汗が流れ、頬は紅潮しており、彼女が短くない時間をそこで過ごしていたことが窺いしれた。
 「今日はお休みになられた方が……」
 母の葬儀を終えたばかりなので、心身的な負担は相当なもののはずだ。しかしエリカは首を横に振る。
 「私には、一刻も無駄には出来ないのです。……もっと強くならねば」
 目を伏せ、唇を引き結ぶと、彼女はさらに素振りを続ける。

 母の棺の前でエリカは涙を見せなかった。唇を、うっすらと血が滲む程に強く噛み締めてはいたが、その頬が濡れることはなかった。
 そうだ、エリカ王女の覚悟を、レブラントはその時に垣間見たはずだった。

 「では、お相手をしましょう」
 レブラントは腰の剣を引き抜いた。彼を見つめ返したエリカの瞳の奥には揺らめく炎があった。嗚呼、と彼の心に感嘆の溜息が溢れる。
 エリカは未来を照らす光なのだ。王妃ウルリカは彼女を守り抜いた。

 斬撃が鳴り響く。音は空へと舞い上がり、曲を奏でる。レブラントはその旋律にのせて改めて誓う。
 
 私を信じてくれた貴方に、『戦友』の名に恥ずかしくないように。
 ――私は未来を守る盾となりましょう。


First Written : 2021/07/17