石と鉄

ヤーデ領にて。ソフィーとレスリーのお話。
一応ギュスレスというか、レスリー→ギュスターヴ。

 


 

「レスリー、いらっしゃい」
「こんにちは、ソフィー様」
 ヤーデ伯領にある小さい家の扉を叩いたレスリーは中から出てきたソフィーににこやかに挨拶をした。いつ見てもソフィーは美しく朗らかで、レスリーの憧れであった。
「どうぞ中へいらして」
 部屋の中へと数歩入ったレスリーはちらっと周りを見回した。開いた窓から入ってきた風がカーテンを揺らしていたが、他に人影はなかった。その視線にソフィーが気づく。
「ギュスターヴならフリンとどこかに出かけましたよ」
 見透かされ、はっとして頬に朱がさしたレスリーは首を振り、手に持った籠を持ち上げてみせる。
「いえいえ。今日はあんずを沢山いただいたのでお届けに」
「ありがとう、レスリー。それではすぐにでもいただいた方がよろしいでしょうね。あの子達もじきに帰ってくるでしょう」
 手招きしてソフィーはそのまま奥の台所へと向かい、レスリーも後を追った。
「そこに置いておいてくださいますか?」
 部屋の中程にあるテーブルを指さしてソフィーは言う。そうして彼女は、少しお待ちになって、と言って部屋を出ていった。
 ソフィーは仮にもフィニー王家の王妃であったが、ヤーデでは町の者とさほど変わらぬ暮らしをしていた。家はこの一帯では一番立派なものがあてがわれているが、伯爵の屋敷とは違い、使用人もいない。たまに遣いがきて、身の回りを多少整えるぐらいだ。王宮を追放される前はもちろん調理とも無縁であっただろう。何不自由ない暮らしからの一転はどれほどの苦労があったのか、と残されたレスリーは思いをめぐらせながら部屋を見渡していると、ふと見慣れないものに気づいた。
 それは鉄製のナイフだった。
 包丁といえば石である。石術を用いて食材を切る。それが普通だ。金属はアニマを遮断し、術の効果を著しく下げる。
 レスリーはそのナイフを手に取った。持つと物としての単純な重量以上の重さを感じる。彼女はそれを目線の高さに持ち上げてみる。不思議な感覚だった。
 水とクロスを持って戻ってきたソフィーはレスリーに気づく。
「気になりますか? 鍛冶屋のご主人からすすめられたものなのです。最初は違和感を感じましたが、慣れればなかなか使い勝手もよいのですよ」
「そうなんですね…」
 よく見たら竈の近くには火打石が置いてある。調理のために火を起こす時は火のツールを用いるのが常識だった。
 術を使えるのであれば。
「これ、ギュスターヴのために…?」
 術不能のギュスターヴは石包丁では何も切れないのだ。
 ソフィーは頷いた。
「ええ。いざと言う時に困らないように。実際、あの子がここを使うことはほとんどないのですがね」
 ふふっと可笑しそうに彼女は笑った。
 レスリーはもう一度ナイフを眺めた。それは彼女の手の中で鈍く光る。しばらく考えた後、彼女は口を開いた。
「ソフィー様、これの使い方を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
 彼女のお願いにソフィーは少し驚いたようだったが、すぐに花が咲くように笑って頷いた。

 


First Written : 2021/03/25

実際のところソフィーの屋敷に使用人がいたかどうかは不明なんですが、グリューゲルではともかく、ヤーデではそういうの断ってたんじゃないかなというイメージです。