傷だらけのご褒美 - 2/2

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 見上げた樹の上に赤い果実がついていた。もう既に誰かがもいでいったのか、下の方にはついていない。遠目から見ても美味しそうだなと思うと急にお腹がすいたような気持ちになる。ほっといたら鳥につつかれるか、落ちてぐしゃぐしゃになるだけだろう。一つ二つ減っていても誰もきっと気づかない。
 一番低い枝に手は届かない。幹の下の方に足をかけられるような大きな出っ張りはなかった。でも細かな節はあるし、腕の力で少し身体を引っ張りあげることができたら、登れないというほどでもない……と思う。
 樹に近づき、幹の表面を撫でるように手をかけられそうなところを探る。なんとか掴めそうなところを見つけてグッと身体を持ち上げたら靴先が滑って後ろに倒れた。指先に切り傷ができたのかピリピリと痛む。
 もう一度、挑む。さっきよりは少し上へ登れたのに、手が滑った。足で踏ん張ったつもりが膝が樹の皮をかすり、派手に尻もちをつく。いってぇ……。膝の傷からじんわりと血が滲む。

 今よりもう少し小さい頃、転んで膝に擦り傷をつくった。別に我慢できる痛さだったのに、赤い筋がじわりとあふれると、一緒にいたフィリップが青ざめて泣いたっけ。あまりにもびーびー泣くものだから、かあさまがびっくりして駆けつけて、ハンカチで血を拭ってから水の術をかけてくれた。大丈夫ですよって声をかけられると、痛くなかったのに鼻の奥がつんとした。かあさまは、相変わらず泣き続けるフィリップを抱き上げて背中をさすってあげていた。
 
 ——そんなことより、目の前の樹だ。
 なんだか腹が立ってきた。負けるもんかって立ち上がって、また小さな節に手をかける。
 一番低い枝によじ登った。ここからは枝をつたっていけばなんとかなりそうだった。幹を支えに立ち上がると、思った以上に地面が遠かった。
 ここから落ちたら、運が悪ければ死ぬかもしれない。そうなっても世界には何の不都合もない。寧ろ体のいい厄介払いができたと喜ばれるかもしれない。そう思ったが、かあさまはきっと泣くだろうから死ぬわけにはいかないな。そういや、フリンのやつは今日はどうしたんだろう。いつものとこにはいなかった。別に何をしてようとあいつの自由なんだけど——
 落ちないように慎重に枝を選びながら、果実が実るとこにたどり着いた。目の前にするとお腹がぐうとなった。ひとつもいでかぶりつく。見た目通りに美味しい果汁が口の中であふれた。
 太い枝に腰をかけて、下を眺めた。屋根の高さぐらいはあるだろうか。遠くを歩く人が見える。ちょっと上にいるだけなのに、なんとも言えない優越感を感じた。
「どうだ、思い知ったか」
 自分でも誰に向かってかわからないまま、口にした。なんだか愉快になってきて笑った。今のこの瞬間だけ、この国の覇者になったような、そんな気分だった。
 そうしていると遠くから見慣れた姿がひょこひょこと道を歩いてくる。
 ちょっとおどかしてやろうか。
 
「おい、フリン!」
 目を丸くして見上げてくる顔がおかしくて、また笑った。

 


First Written : 2022/06/12