ワイドの港にて。ギュスレスです。
ワイドの市場は活気がある。元より港があり、他国の物が流通しやすい環境にあったが、ギュスターヴ十三世が前ワイド侯を退け、この国を治めるようになってからさらに繁栄していた。
レスリーは、波止場に程近い露店で、つい先程船から積み下ろされたばかりという品々を見ていた。南大陸だけでなく東大陸の異国から仕入れたという嗜好品や調度品を眺めていたところ肩越しに声をかけられた。
「何をしているんだ?」
「ギュス?」
振り返って思わずその名前を呼んでしまい、レスリーはしまったという顔をする。彼女の背後にいたのは他ならぬワイドの領主、ギュスターヴであった。そして、彼は伴も連れずに市場に顔を出した様子なのである。
ムートン卿のおかげで特に目立った反発もなく受け入れられたとはいえ、ギュスターヴは前領主から国を略奪した立場である。さすがに身分が明るみになるとまずいのではないのか――というレスリーの心配をよそに、当のギュスターヴは特に気にする様子もなく、彼女が手に取っていた品をのぞきこむ。
「それが気に入ったのか?」
レスリーが手にしていたのは玻璃の一輪挿しだった。明るいブルーが陽の光を受けてキラキラと煌めき、店の木目に淡い模様を散らしている。
「あっ……そう、城が華やかになるかなと思って」
ドキリとしてレスリーは答えた。ギュスターヴはふーん、と彼女の肩越しにそれを眺める。吐息が近く、レスリーはどこかいたたまれない気持ちになる。
「せっかくなら自分の部屋に置いたらいいんじゃないのか?」
「え?」
「おやじさん、これを」
店を構えていた商人がギュスターヴを振り向き、心得たと笑った。
「お買い上げありがとうございます、ギュス様」
店主があっさりと彼の名前を呼ぶのでレスリーは驚いてギュスターヴを見上げた。呆気に取られている間にギュスターヴは彼と軽い雑談を交わし、店主は一輪挿しを丁寧に包んでいく。
「はい」
「……ありがとう」
包みを手渡され、レスリーは感謝の言葉を口にした。店主はやはりギュスターヴの立場を知っていてそう呼んだのだろうか。自分が思っている以上に、ギュスターヴは街に顔を出しているのだろうか。疑問符を浮かべながら、店を後にしてしばらく並んで歩くと、今度は桟橋を歩いてきた船乗りに向かってギュスターヴが軽く手をあげる。
「これは、ギュス様!」
「航海はどうだった?」
ギュスターヴと船乗りの距離感は領主と領民という関係にしては近い気がした。船乗りの方はさすがに敬意は残したままであるものの、まるで友人を相手にしているような会話だ。
「随分と気安いのね」
軽口を幾らか交わした後に彼とも別れ、レスリーはギュスターヴに改めて言う。
「あぁ、たまたまあそこの船員とは知り合いでな」
なんでもない事かのように答えるギュスターヴに、レスリーは不思議な気持ちになる。
彼女がギュスターヴと出会った頃――グリューゲルでは、術不能者の烙印をおされて東大陸の王国より追放された彼を、皆が腫れ物に触るかのように扱い、なるべく関わらないようにと遠巻きにしていた。ギュスターヴ自身も、周りに当たり散らすかのようであったし、彼の瞳は常に暗い色を纏っていた。
ヤーデで再会した時にはまた印象が変わり、幾分丸くなったことに驚いた。とはいえ、ギュスターヴの世界は未だ狭く、一部の人間としか交流はなかったように思う。
しかし、ここ、ワイドではどういうことか。街を歩くと彼の名前が親しみをもって呼ばれ、ギュスターヴ自身もそれに快活に返している。
その笑顔を横目にレスリーは思う。もしかしてこれが本来の彼なのかもしれない。テルムで王族としてそのまま真っ直ぐ過ごしていたとしたら――
「どうした?」
「ううん、なんでもないわ」
彼の瞳が陽の光を受けてキラキラと輝くのをレスリーは眩しそうに目を細めた。
First Written : 2022/05/22