ギュスレス。
グリューゲルの花壇に咲いていたとある花と、それを愛した少女のお話。
グリューゲルは緑豊かな都市だった。砂漠が大きくひろがる南大陸にあって、わずかな水源の周りに発展してきた街。川のせせらぎがきこえ、色鮮やかな花や樹木にナ国の国力がうかがいしれる。
街の広場には、小さな噴水のある池を囲むように花壇があった。そこには色とりどりの花々が咲き誇っており、よく手入れされているのがひと目でわかる。行儀良く種類ごとに並んだ花をギュスターヴはじっと見つめ、そのうちの一輪を引き千切るように摘み取った。
「ギュスターヴ!」
小さな悲鳴を思わせる、少女特有の高く響く声に彼はびくりと肩を震わす。
「レスリーか……」
ギュスターヴは顔をあげた。声の響きから母ではないとわかっていたはずなのに、その姿が重なった気がして、胸が少し騒いだ。
「あなた、またそんなことをしてるの」
「別に」
以前母に叱られた言葉が自然と思い出され、ギュスターヴは目を背けた。かわりに、手のひらに握りこんだ花に視線を落とす。
「駄目、捨てないで!」
ギュスターヴがその手を開こうとすると、レスリーが駆け寄った。摘み取ってしまったものはもうどうしようもないのに、必死になる彼女を不思議に思いながら、ギュスターヴはその花を彼女の目の前に差し出した。
「よく見てみろよ。花弁が一枚足りないだろ」
淡い紫色の花だった。周りに咲いているものは花びらが五枚あるのに、彼の手の中のものには四枚しかない。鳥にでもつつかれたのか、あるいはもともとなかったのか。
(俺と同じ、出来損ないだ)
その花が他のものと並んでいるのがなんとなく癪に障ってそれを引き抜いた。綺麗に整った花壇に相応しくないような気がした。
「そんなことは関係ないわ」
レスリーは首を横にふって、彼の手のひらからその一輪を大事そうに手に取った。茎を優しく摘み、覗き込むように見入る。
「いるならやるよ」
どこか愛おしそうに花を見つめる視線に居心地が悪くなり、ギュスターヴはそれだけ言い捨てて、その場を走り去ったのだった。
レスリーがハン・ノヴァの執務室に、淡い紫色の花を生けていた。
「それは、あの時の花か?」
「あの時?」
見覚えのある色合いにギュスターヴが尋ねると、彼女は首を傾げる。いや、なんでもないとギュスターヴが首を横に振る。
「この花、こうやって花瓶に生けていても結構長持ちするのよ。それで、散る時は一瞬。花弁がふわふわの綿のようになって、はらりと落ちるの」
それを植えたらまた花が咲くのかしらね、とレスリーは微笑む。愛おしそうにその花を眺める彼女をじっとギュスターヴは見つめた。
「君は変わらないんだな」
「何の話よ?」
振り返って眉をひそめる彼女に、ギュスターヴはまた、なんでもない、と答えた。
First Written : 2022/02/20