——月が明るい夜は貴女を想う。
どこぞの乙女の恋文かと紛うような愁傷を抱くなど、酒が回りすぎなのではないか。手に持ったグラスを眺めてみるが、今宵の共は特別強いものでも無かったはずだ。
日中何かがあったというわけでもないが、酒場の喧騒の中で飲むのも気が向かなかった為、手頃な瓶を買って宿の自室へと持ち込んだ。窓際の椅子に座り、カーテンを開いたら丁度見事な満月が目に飛び込んできた。
月が明るい夜は貴女を想う。
——嘘だ。
俺はいつだって貴女を想っている。
風に靡く長い黒髪に。
シャランと響く鈴の音に。
後ろからこっそりと忍び寄る、猫のような足音に。
貴女がそこにいるかと錯覚して思わず振り向く。
居るはずもない貴女の姿を探し、居て欲しかった貴女の幻を夢見る。
何事も無かったかのように、街で貴女とすれ違うように再び出会えたのなら——
そんな願いを抱いてどれだけ旅をしたか。
偽りの曲刀を慰めに、真実がどれ程含まれているかもあやしい噂を頼りに歩き回った。
手に持ったグラスの氷がカランと音を立てて揺れた。その澄んだ響きの寒々しさに、瞳に映る夜の静けさに引き戻される。
こんなことを考えてしまうのは、やはり明るすぎる月のせいなのだと、窓に映る眩い微笑みごと酒を飲み干した。
First Written : 2023/11/07