選択肢

南の砦でスタイルのギュス様が20代のレスリーを見て思うことは。


 

 

 天気が良い日にはバンガードの広場に露店が立ち並び、異界の戦士達も含めた民の憩いの場となっていた。特に行くあてもなかったので、そちらの方に歩を進めると、露店の一つの前でレスリーが立っていた。彼女の姿を目にすると、未だに幻を見ているような錯覚におちいるのだが、それでも人混みの中でも自然と見つけられるのは何故だろう。
 彼女がいるその店は、ジューススタンドだろうか。メニュー表を見つめながら、どれにするか迷っているようだった。こちらには気がついていなかったので、足を止めてその様子を眺めてみることにする。生真面目に悩む姿が面白かったせいもある。
 
 ——正直、また会えるとは思っていなかった。

 燃え盛る炎の中でその姿を思い浮かべた時、確かに死を覚悟したはずだった。それなのに何の因果か、このような異世界に俺はいる。生きて、ここにいる。
 彼女は何も知らない。おそらく俺が知っているより二十年近く前の時から彼女はこの世界に召喚されたのだ。異界の戦士が、いずれ元の時空に戻るのかどうかもわからない。もしも、戻るのだとしたら——彼女が生きるその先を知っていたら、別の未来を選ぶだろうか? こんな出来損ないの人生に付き合わせることなく、彼女にとって幸せな道を——

 レスリーがふと顔をあげる。気づかれたのかと思えば、俺がいる場所とは反対の方向に顔を向けた。そちらを見ると、リアムが大きく手を振って駆け寄ってくるところだった。彼女も小さく手を振り返す。
 リアムが初めてパイロットとして搭乗したシップにレスリーも同行したのだと聞いていた。その縁もあって何かと親しくしているようだ。もっともリアムが誰にでもあんな調子なのは、探索を共にしたことがあるのでよく知っている。人懐っこく、真っ直ぐな少年だ。その若さが微笑ましく思えるというのも俺が歳をとった証か。
 リアムはレスリーが持つメニュー表を横から覗き込むと、彼女と少し会話をしたあと、店主に注文を始めた。レスリーもようやく決まったのか、彼の後に続けるように何かを話す。

 リアムと共に解放した『扉』を思い出す。『扉』は戦士の記憶であり、実際起こった出来事は変えられない。それでも、と抗う少女がいた。過去は変えられずとも、目の前で為されることをただ黙って見過ごすことなんてできない、と。その強い願いは皆を突き動かすに足るものだった。
 俺が知る過去、そしてレスリーのこれからの未来。胸に巣食う矛盾した思いは、エゴでしかないだろうか。今という現実を生きる、リアムの、ジニーの、若さが羨ましくなる。

 
 店主がリアムとレスリーに同じ色のジュースを差し出す。それを受け取ると彼女達は店の前を離れ、イルカ像の方に歩き出す。リアムがストローを口にして一口飲むと、パッと明るい顔をして嬉しそうに何事かを話す。レスリーが笑う。とても楽しそうに、笑った。
 立ち去ろうか、とそう思った時、ふと顔を上げたリアムと視線があわさった。彼は破顔するとまた大きく手を振る。リアムは傍らのレスリーに一言二言告げると、彼女にも手を振り、屋敷の方に向かって駆けていった。
 そのまま彼女を無視する訳にもいかず、レスリーの方に向かった。なんとなく気まずい気持ちが顔に出ていたのか、彼女が小首を傾げて悪戯っぽく笑った。
「どうしたの? もしかして、リアムに構ってもらいたかった?」
「うん……いや、どちらかというとリアムに少し妬いた」
「えっ?」
 軽口が返ってくると思っていたのに、レスリーの頬が赤く染まった。予想外の反応に、思わずじっと顔を見つめてしまう。昔の彼女はこんな感じだったろうか? いや、そもそも昔の自分はこのような言葉を返さなかったのかもしれない。
 
 ——あぁ、そうか。同じ人間でもこんなに違うのだな。
 
 ふっと心が軽くなる気がした。湧き上がった気持ちのまま、レスリーの目をわざと見つめながら、彼女の手の中のジュースを横から一口いただいた。
「ちょっと、ギュス?!」
 固まる彼女のなんと愛らしいことか。
「この世界ではもっと自由に生きてもいいのかもな」
「え、何の話なの? ねぇ、ギュスってば!」
 彼女が本格的に怒り出す前に退散するか、もう少しからかってみようか。決めきれずに俺は笑った。 

 


First Written : 2022/05/09