再会に感謝を

1236年 ヤーデでの話。ギュスレスと、ソフィーに憧れるケルヴィンと、それを見ているフリン。


 

 先日のパーティに招待された客の滞在もあって、ヤーデ伯の屋敷はしばらく何かと慌ただしかった。ケルヴィンもその対応で忙しくしていたため、自主的に行っていた見周りをする余裕もなく、屋敷から出ない日々が続いていた。
 ようやく一息ついたところで、ケルヴィンはソフィー達に思いを馳せる。久しく会っていないがお元気だろうか。またギュスターヴが何かやらかしていないだろうか。
 そんなことを考えていたところで、彼の父であるトマスに声をかけられ、ソフィーへ荷物を届けるよう頼まれた時は心を見透かされてるのではないかとドキッとした。
 ソフィーへの届け物はギュスターヴ、そしてフリンの為の衣服であった。それをきいてケルヴィンは心の中で顔を顰めた。
 (ギュスターヴが聞いたら嫌がりそうだ……)
 パーティ会場を普段の格好のまま彷徨いていたのがバレていたのだろう。次はきちんと招待するから正装してこいということだろうか。基本的には寛大な父であるが、さすがに客人の前ではお咎めがあるのかもしれない。
 ケルヴィンはあの日のことに思いをめぐらすと、ふと閃いてトマスに言った。
「それでしたら、彼女を連れていっても宜しいでしょうか?」

 ソフィー達が暮らす家はヤーデの少し外れにあった。ケルヴィンは彼の後をついてくる人物に声をかける。
「少し歩かせてしまってすまなかった」
「いいえ、ケルヴィン様。連れてきてくださってとても嬉しいです」
 屋敷に届けられたばかりの花を胸に抱えたレスリーは微笑んだ。
 グリューゲルの商家の娘であるレスリーはヤーデ伯の元に行儀見習いという名目できていた。ギュスターヴがここに来る以前はグリューゲルにいたとは聞いていたが、その時の顔なじみらしい。二人が先日仲睦まじい様子で会話をしていたのをケルヴィンは目撃している。ただの顔見知りというわけでも無さそうだ、と彼は感づき、さてギュスターヴのやつはどんな顔をするだろうかと悪戯心が刺激されるのであった。
 果たして彼女の方はどうなんだろうかと、考えながら歩いていると、ソフィー達の家が見えてきた。その前庭にいたフリンが彼らに気づく。
「あ、ケルヴィン。 あ、それに……!」
「フリンか。ギュスターヴのやつは」
 どこだ、と続けようとしたケルヴィンの前に影が落ちる。嫌な予感がして咄嗟に避けたケルヴィンの前に金色の髪を靡かせた少年が降り立つ。
「おい! 危ないだろ!」
 庭の木から飛び降りたギュスターヴがニヤリと笑っていた。
「久しぶりだな。寂しくなったのか?」
「誰がだ」
 突然のことに呆気を取られたレスリーはケルヴィンの後ろで、彼らのやり取りを見つめた。憎まれ口を叩く二人。ケルヴィンの、ヤーデ伯の屋敷にいる時との様子の違いも意外ではあったが、ギュスターヴの方もケルヴィンと話すことを疎ましく思っていないことに少し驚く。寧ろ仲が良いと言ってもいい。グリューゲルにいた頃は誰彼構わずに噛み付くような態度を見せたギュスターヴ。その頃を知ってる彼女としてはやや信じられない光景だった。
 (もう子供じゃない、ってこの前言ってたけど)
 ギュスターヴもこの数年で確かに変わったのかもしれない、とレスリーは思った。
「うわっ、レスリー」
 ケルヴィンの後ろにいた彼女に気がついたギュスターヴが変な声を出すので、レスリーは眉を寄せた。
「ちょっと……」
 (……それともやっぱりまだ子供かしら)
 前言撤回、とレスリーが内心ごちた時、扉が開いて中からソフィーが顔を出した。
「「ソフィー様!」」
 ケルヴィンとレスリーが同時に声をあげる。ソフィーはまずケルヴィンを見て会釈をして微笑み、そのそばにいたレスリーを見て少し目を丸くした。
「あら、レスリーではありませんか!」
「覚えていてくださって光栄です、ソフィー様」
 レスリーは笑顔を浮かべて軽く膝を曲げて頭を垂れた。
「何故ヤーデに?」
「トマス卿のところでご奉公させていただいてます。今日はケルヴィン様の付き添いで」
  まぁそうなの、とソフィーは優しく微笑んだ。
「父から頼まれたものを届けに伺いました」
 ケルヴィンがそう言い、包みを手渡す。
「ありがとうございます。いつもトマス卿にはお世話になりまして」
 ソフィーは恭しく受け取り、ぐるりと全員の顔を見渡す。
「せっかくですから、お茶でもいかがです? レスリーもぜひ」
 ケルヴィンは願ってもない誘いに頷く。ただ届け物をして帰るというのも味気ないし、何よりもソフィーと過ごす時間が彼は好きであった。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。レスリー、父上には私から話しておくから」
「それではご一緒させていただきます」
 一礼する二人をソフィーはにこやかに室内へと誘った。

 レスリーが持ってきた花を窓際に飾り、部屋の中央のテーブルをソフィー、レスリー、ケルヴィン、そして流れで一緒になったギュスターヴとフリンが囲む。
「それではギュスターヴとはもうすでに会っていたのですね」
 そんなこと何一つ言わないものですから、とソフィーはギュスターヴを一瞥する。彼は面白くもなさそうにどこぞを向いている。
「先日御屋敷で開かれたパーティーで再会しました」
 ソフィーが自ら入れた紅茶を美味しくいただきながらレスリーが答えた。
「ああ、それで……ふふ」
 (それであの日は機嫌が良さそうだったのね)
 ソフィーはテーブルの端の方でカップを口につける息子をもう一度見やった。容易に顔には出さないが、今日もどことなく落ち着かなく見える。
「ご両親はお変わりないですか?」
「ええ、とても元気にしております」
 グリューゲルの話に花を咲かせる女性達をケルヴィンは興味深く聞いているようだったが、ギュスターヴとフリンは茶菓子を片手に小競り合いを始めている。
「それにしてもレスリーは一段と美しくなりましたね」
 グリューゲルにいた頃はまだ少しあどけなさが残る少女であったが、今ではすっかり年頃の女性に成長している。
「いえ、そんな」
 ソフィーに褒められてレスリーは顔を赤くして目を伏せた。
「そうか? 相変わらずのお転婆に見えるがな」
 頬杖をついて菓子を指でつつくようにしていたギュスターヴが急に口を挟んでくる。
「ちょっと、失礼ね! 前も言ったけど、トマス卿には褒められてますって。ギュスターヴこそお行儀が悪いんじゃないの?」
 レスリーが憤慨してギュスターヴに反論すると、彼はどうだがと鼻で笑う。
 (可愛い子がいっぱいいる、ってギュス様も言ってたのになぁ)
 と、フリンは口に出しそうになって思い直して飲み込んだ。こういう時、余計なことは言わないに限る。
 ソフィーがころころと笑い声をたてた。
「あ、すみません、ソフィー様」
「いいのですよ。ギュスターヴもそんな意地悪を言うものではありませんよ」
 ついつい気安すぎる口調になったレスリーは自省して謝罪したが、ソフィーはただただ笑顔で返す。その笑顔をケルヴィンは見つめた。
 (ソフィー様が楽しそうで良かった)
 ケルヴィン自身も微笑んでカップを口に運んだところ、急にギュスターヴに後頭部を小突かれた。
「何見惚れてんだよ」
 ソフィーには聞こえないような声でギュスターヴがケルヴィンに囁く。今度はケルヴィンが顔を赤くする番だった。
「ギュスターヴっ!! 紅茶がこぼれたではないか!」
 ソフィーがまたくすくすと笑った。フリンはニコニコしながらミルクティーをすすった。

 話は尽きなかったが、そろそろと言ってケルヴィンとレスリーはソフィーの元から辞去した。
 「随分遅くなってしまったな」
 「そうですね、ケルヴィン様」
 すっかり淑女然とした佇まいに戻ったレスリーをケルヴィンは振り返って、ややばつが悪そうに続けた。
 「あー、そのなんだ。ここでは『ケルヴィン』でいい。見ての通り、あいつらはあんな感じだ」
 「よろしいのですか?」
 レスリーは首を傾げた。ケルヴィンとはほぼ歳も一緒だが、仮にも彼女は彼の家に奉公にきている身である。
 「ああ。私にだけ敬語をつかわれるのもなんだか居心地が悪い」
 そう返すケルヴィンに、少し笑ってレスリーは頷いた。
 「わかったわ、ケルヴィン」

 それからしばらくして、レスリーはソフィーの世話をする役目を正式に引き受けるのであった。


First Written : 2021/03/23時代