エリカとアラウネ姉妹の話。
時間軸としてはゲーム開始前、エリカとマフレズがそういう仲になる前のイメージです。
「姉さん、いないの?」
エドラスの王女アラウネは、部屋の扉を開いて中を覗き込んだ。彼女の姉、エリカがいる気配はなく、室内はしんとしている。
(どこにいったのかしら?)
一歩中へと踏み込んで、アラウネは辺りを見回す。すると、目の端で何かがキラリと光ったような気がして、彼女は振り向いた。
開けられたカーテンから差し込んだ光を受けて輝いていたそれは、エリカの剣であった。よく手入れされているのだろう。綺麗に磨かれた鍔がきらきらと光る。
アラウネは引き寄せられるようにその剣に近づき、鞘ごと手にとる。深く考えないまま、柄を握りこんで抜いてみた。鏡のような剣身にうつった自分の姿を見つめ、アラウネは吐息を零した。
(これが、姉さんの剣。なんて、重い……)
エリカがその剣を使って舞うように斬るのを想像してみた。そして、同じように軽く一振りするつもりが、振り下ろすまでもなく身体ごと持っていかれそうになり、アラウネは派手に転んだ。
「アラウネ!」
折りよく戻ってきたエリカがその瞬間を目撃して慌てて駆け寄る。しゃがみ込んだアラウネの肩に手を置き、エリカは妹の顔を覗き込んだ。
「アラウネ、大丈夫?!」
「姉さん、ごめんなさい」
「そんなことより、怪我は?!」
取り乱した姉の形相にやや圧倒されながら、アラウネが首を横にふる。エリカはようやくほっと胸を撫で下ろした。
「一体何をしていたの?」
妹に手を差し伸べながらエリカはたずねる。アラウネは、硬いしっかりとした手をじっと見つめてから、自分の柔らかく頼りない手を重ねた。
「私も姉さんみたいに強くなりたいって」
「それで剣を?」
「持ってみたのだけれど、とても振れそうになかったわ。力が弱すぎるのね。改めて姉さんは凄いと思った」
「アラウネ……」
アラウネは姉を見てドキリとする。自分を気遣う優しい眼差しの中に一瞬見えたもの。ハッとして目を凝らした時にはもう、それは消え去っていた。まるで幻を見ていたかのように瞬くアラウネにエリカは微笑んだ。
「強さというのは、剣をとって戦うことだけではないわ」
エリカは両手でアラウネの手を優しく包み込んだ。彼女達の母がよくしていた仕草に、アラウネは懐かしさを感じる。
「あなたの優しさはあなたの強さよ。そして、私はそんなあなたの強さが好き」
「私の、強さ……」
エリカは少し離れた床に、剥き出しのまま落ちている剣を拾った。そこに映る自分の姿をじっと見つめる。
(だから、守ると誓った。何がなんでも勝ち続けることを)
何度見てもその姿は変わらない。エリカは王女で、男ではない。だからこそ、強くあらねばと己を律する。アラウネがアラウネで居続ける為にも。
エリカは息を吐きながら、剣を鞘におさめた。自然と険しくなってしまった顔をゆるめ、アラウネに向き直る。
「私みたいにならなくていいの。あなたはあなたの道を探して」
「見つかるかしら」
エリカは、不安そうに見上げるアラウネの髪を撫でた。艶やかな金色の髪がふわりと手に心地よかった。
「大丈夫よ。きっと時が来れば、いつか」
(願わくば、その時にエドラスが平穏でありますように)
エリカは愛しき妹をそっと抱きしめた。
エリカの眼差しは、母のそれよりやわらかい、とアラウネは思う。姉はいつもそうだ。自分が泣いていたらすぐに駆けつけて暖かい手と言葉で宥めてくれた。
(だとしたら、姉さんは誰に甘えるのだろう……?)
ふと過ぎった疑問に何故か不安になり、アラウネは姉の背に手を回した。
First Written : 2021/11/17