下命

ギュスターヴとヨハンの短いお話。

 


 

 ――俺の護衛にならないか

 彼は己の耳を疑った。
「……今、なんと?」
「いや、違うな」
 ギュスターヴ十三世は自らの顎に手をやって、ふむと頷いた。
「俺の護衛になれ、ヨハン」
 清々しい程の笑顔にヨハネ――今はヨハンと名乗っていた――はくらくらと目眩がしそうであった。それは未だ癒えぬ怪我のせいばかりではない。
「お言葉ですが、私はサソリの暗殺者だったんですよ」
「それがどうした?」
 ギュスターヴは眉を上げた。何がおかしいのか心底わからぬ様子だった。
「殺しを頼む奴、殺す奴、殺される奴だったか? お前が殺す奴というなら、俺はさしずめ全部だな」
 だから対して変わりはない、と言ってくつくつと笑うギュスターヴをヨハンは意外そうに見つめた。
 そう、初めて会ったあの時もヨハンは彼に興味を覚えたのだ、とふと思い出す。彼の知る世界を遥かに逸脱した存在。
「うん、それがいい。お前がその身体のままどこかへ行って、そこで野垂れ死ぬんじゃないかと心配してるやつもいることだしな」
 これで全て解決だ。と、一人笑って、ギュスターヴは立ち上がる。

 ――本当に不思議な人だ。

 彼の返事を聞くこともなく部屋を出ていったギュスターヴ。その背中が消えていった方角をヨハンはしばらく見つめていた。そして彼は長らく忘れていた笑みを浮かべていたことに後で気づくのだった。

 


First Written : 2021/04/08