1249年ぐらい。テルム帰還後のお話。
「一曲いかが?」の続きですが、一応単体でも読めます。
テルムの王城のホールは華やかな彩りに溢れていた。その中心で人々が舞い踊る。
レスリーは部屋の隅でそれを眺めていた。彼女はそこに招待された訳では無い。ホールを出たところで迷子になってしまった小さな客人を彼女の母親のところまでエスコートしてきただけである。
給仕としてならともかく、レスリーは王侯貴族が集まるようなパーティーに呼ばれるような身分ではない。服装も場違い甚だしいので、用を済ませたらすぐその場を離れるつもりだった。
しかし彼の人は目を引く人物だった。王位を継ぐつもりではないとは言いつつも実質的にここでの一番の権力者でもある彼は、その立場を抜きにしてもダンスの相手に事欠かなかった。ギュスターヴの周りには、彼と一曲踊ることを希望する若い娘達がたくさんいる。その一人一人と手を取りくるくると回る。その間に彼が何事かを囁き、娘達はぽっと顔を赤らめたり、とても嬉しそうに笑う。
(私ったら何してるんだろう)
レスリーは自分がぼんやりしていたことに気づいて首をふると、急いでホールを後にした。
自室に戻り、レスリーはため息をつく。ギュスターヴは女性に優しい。ワイドでも女好きの噂は耐えなかった。だから、今更だ。見なかった振りをすればいい。そういうことは、得てしてあるものだ。
レスリーは自分に言い聞かせるが、一度沈んでしまった気分を紛らせるのはなかなかうまくいかなかった。軽快な音楽がまだ微かに聞こえてきて頭の中に先程の光景が甦る。
そうしてしばらくした頃、扉を叩く音がした。彼女が返事をする前に入ってきた訪問者にレスリーは驚きの声をあげる。
「ギュス?!」
まだ夜は長い。パーティーはまだ終わっていないはずだ。
「あー、つかれた。レスリー、かくまってくれ」
「……抜け出してきたの? 戻らないと」
「あとはフィリップがなんとかするだろ」
そういってギュスターヴは襟元を崩し、肘掛椅子に身体を沈めた。レスリーは水さしからグラスに水を入れて、ギュスターヴに手渡す。彼はごくごくと喉を鳴らしてそれを飲み干した。
「ハン・ノヴァではああいうものは開催しないことにしないとな。窮屈で仕方ない」
形式ばったことが苦手なギュスターヴのことだから本当に法で禁止しかねない、とレスリーはふふっと笑った。
「ねぇ、覚えてる?
ヤーデで舞踏会があって、ケルヴィンが踊るって言った時のこと」
「ああ、そんなこともあったかな」
ギュスターヴは懐かしそうにつぶやく。
「私がケルヴィンと踊って、その後に貴方がケルヴィンと躍ったのよね」
レスリーは思い出してくすくすと笑った。それから目の前のギュスターヴを眺める。まだ子供っぽい少年だったあの頃より遥かに逞しくなった彼を。
「あの時より随分上手になったわね」
「見てたのか?」
「……うん」
レスリーは少し寂しげに笑った。
微かに聞こえていた音楽がゆったりとしたワルツにかわる。
「試してみるか?」
「え?」
ギュスターヴは立ち上がった。襟元をただし、レスリーに恭しく手を差し出す。
「私めと一曲、踊ってくれませんか?」
レスリーはぱちぱちと数回瞬きした後、作法通りにスカートの裾を摘んでお辞儀を返す。
「私でよろしければ」
レスリーはこみあげそうになる涙をのみこむかわりに、微笑んでギュスターヴの手に自分の手を重ねた。彼はその手をふわりと包み、彼女の腰に手を添えた。
First Written : 2021/05/02