サガ男女カプアンソロ『彼と彼女のRomance Tale』に投稿したSSになります。
大きな布袋を落とさないように胸に押し付けるように抱え、右肘からぶら下げた籠には細々とした食品や日用品、部屋を彩る為の花。布袋にはみずみずしい林檎がごろごろと入っている。
レスリーは痺れそうになる左腕を少し動かして袋を抱えなおした。大方の買い物を済ませたところ、青果店の気の良い店主から声を掛けられ、ぜひソフィー様にと林檎をいただいたのはいいが、さすがに少し重い。一度荷を置いてから改めて受け取りに行けばよかったなと思ってもみるが、ここから屋敷まではあとわずかの距離であったので引き返すのも今更だった。
「大変そうだな」
背後から聞きなれた声がした。振り向くのも億劫で、その声の主――ギュスターヴが目の前に回ってくるのをレスリーは視線だけで追う。手製の剣片手に、先程まで洞窟でモンスター狩りでもしていたのだろうか、服の端々が汚れていた。いつも連れているフリンは近くにはいないようだった。
「ギュス……」
ギュスターヴはレスリーの正面に立つと、彼女を上から下まで面白そうに眺め、じゃあ頑張れよ、と何食わぬ顔でそのまま歩き去ろうとする。
「ちょっと! 少しくらいは手伝ってくれてもいいじゃない」
「冗談だよ」
眉をつり上げるレスリーにけたけたと笑いながら、ギュスターヴは彼女の腕から袋と籠をひょいっと取り上げた。
「あ、全部じゃなくても」
「いいから」
「そう? ……ありがとう」
だからいいって、と聞こえるか聞こえないかの声で応え、ギュスターヴはさっさと屋敷の方へ歩き始める。軽々と荷を持つ大きな背中にしばし気をとられていたレスリーは、はっとして慌てて小走りで彼の後を追った。横に並びたつと、さりげなく歩調を合わせてくれるのがわかって、少しくすぐったい気持ちになる。
しばらくの間、言葉なく歩いていくと、レスリーはギュスターヴが口を開いては噤むことを繰り返していることに気づく。じっとその横顔を見つめてみると、彼はその視線を感じとり観念したかのように口にした。
「その、母上は……」
あぁ、とレスリーは頷く。
ギュスターヴの母、ソフィーが体調を崩してからしばらくたつ。床に臥せることが増え、レスリーも彼女のお世話をする為に常時傍にいることになった。
ただでさえほっそりしていた身体が痩せていく様を直視するのが耐え難いのだろう。日に日にギュスターヴがソフィーと顔を合わせる回数が減っていた。母一人子一人で育ってきたのだ。彼女に何かあればと思えば、はっきりと病状を聞くのも怖いのかもしれない。
レスリーは彼に笑いかけた。できるだけ自然に、でもほんの少しだけ大袈裟に。
「今日は随分とお加減がよろしそうよ。何か甘いものが食べたいですねってお話もしたから、いただいた林檎で何かつくろうかしら」
「……そうか」
ギュスターヴは頬をゆるませて安堵の表情を浮かべた。その顔を盗み見てレスリー自身も少しほっとする。
ソフィーの目前では決して見せないが、ギュスターヴが痛々しい程に張り詰めた顔をしていたのを何度か垣間見たことがあった。彼の気持ちを思うと軽々しく慰めるのも躊躇われた。ソフィーの病が治癒し、二人とも心から笑えるようになればいいのにとレスリーは願う。
ソフィーの世話をしているとはいえ、レスリーが彼女の病を癒せるわけではない。だからこそ、せめて彼女ができることはなんでもしたかった。ソフィーの為にも、ギュスターヴの為にも。
「林檎で何が作れるんだ?」
「そうね、そのまま食べてもいいし、焼いてもいいし、アップルパイ……は少し重たいかしら? すりおろして蜂蜜を垂らしてもいいかもね」
余ったらジャムにして、と話し続けるレスリー。相槌をうちながらゆっくりと歩くギュスターヴ。そんな彼らを少し離れた場所から見つめる二人組がいた。
「あいつはあれでほんとうに気づいてないのか?」
フリンに引き止められたケルヴィンが胸の前で腕を組んで首をひねった。彼からすれば、レスリーの想いが誰に向いているかは明らかだ。そしてギュスターヴの彼女に対する特別な感情も。
「うーん、どうかな?」
フリンは曖昧に笑い返した。彼にはまだ『そういうこと』はよくわからなかったが、ギュスターヴがレスリーに向ける眼差しのあたたかさに、彼の胸もまた明るくなるのだった。
First Written : 2022/05/22