テルムヘと向かう船でプルミエールが思うことは。
若干プルミエール→グスタフ。
どこかで会ったことがある、というのは気の所為ではなかった。直接言葉を交わしたことはないけれど、遠目にその姿を見たことはあったのだ。
テルム行きが決まったことで、それは確信へと変わった。フィニー王家に伝わる火のクヴェルは、密やかにヤーデ伯爵家に受け継がれていた。お義母様が恨み言と共に零していた話は本当だったのだ。
——ねぇ、グスタフ。名前を変えた貴方は、家を完全に断ち切れた? かつての日々が夢に出てくることは無い?
知ってしまえば、聞きたいことが[[rb:溢 > あふ]]れてくる。でもそれを口にすることはできなかった。
勝手に境遇を重ね合わせることは、きっと彼にとって迷惑でしかない。私が、過去に触れてほしくないように、彼も語ることを避けるでしょう。ましてや、家は敵同士。その関係性を無意味と感じて飛び出したとはいえ、彼も同じように思っているとは限らない。あまりにも多くのアニマが失われたのだから。
なるべくどこか知らない場所へ。そう思って北大陸に来たというのに、乗っている船はゆっくりと、そして着実に、私達を元の場所へと運んでゆく。
まるで抗えない力が存在するかのように。
切っても切れない縁の鎖が、得たと思っていた自由を絡めとっていくように。
——いけない。
何もすることが無い狭い船室では、鬱々とした思考に囚われてしまう。波の揺れにあわせてギシギシと軋む音も、気持ちを滅入らすには十分だ。
外の空気を吸おう。
そう思って甲板へと繋がる階段をのぼる。潮の香りが鼻をつき、強い風に髪をおさえると、きゃあっ、と短く弾むような声があがる。船首の方から聞こえるその甲高い音は、馴染みある声——ジニーの声だ。
「ねぇ、今何か見えたよ! ほら、グスタフも見てよ! ねぇ、あそこ!」
ジニーがグスタフの腕を抱え込むようにして船へりへと引っ張っていく。身を乗り出して海面を指さすジニーが落ちないように気をつけながら、グスタフは少し離れたところにいるロベルトを振り返った。ロベルトはというと、ヘラヘラと笑って手を振っている。相棒に助け舟を出すつもりは無いどころか、寧ろその状況を楽しんでいるようだった。
グスタフがさらにぐるりと首を回して、私を見つけて止まる。口数は少ないけど、目に感情が出やすい方なのかもしれない。その瞳に浮かぶ、ほっとした表情に、思いがけず感情が揺さぶられる。
彼は、きっと私のことを知らない。仲間の一人として心を許してくれていることに喜びを抱くのと同時に、振り払えない罪悪感が忍び寄る。
「あ、プルミエール!」
場を離れるか迷っている間もなく、ジニーが私を見て手を振り、駆け寄ってくる。彼女の腕の拘束から解放されたグスタフが、やれやれと肩を竦めたのがわかった。
「船旅って楽しいね! 前はずっと隠れてたから全然景色楽しめなかったしさ〜」
「普通は密航なんて考えないものよ」
むぅと口を尖らせるジニーに呆れる。
思えば、彼女とは船の上で出会ったのだった。祖父のあとをつける為に船に無賃で忍び込み、あまつさえ船の行き先を間違える。最初はその無計画さに腹が立ったものだったが、結局はこうして彼女の旅に付き合っている。
——そう、断っても良かったのだ。
元より一人旅だった。それが、彼女を助け、ロベルトと出会い、グスタフと行動を共にすることになった。一時期の仲間と割り切ってテルムヘ向かう彼女達と別れ、ノースゲートに残ることもできたのに、そうしなかったのは……
「……おかしいわね」
「え、何、プルミエール。悪口?」
「あら、心当たりあるの?」
「いじわるぅー」
——ねぇ、グスタフ。貴方も同じ気持ちなのかしら?
髪にまとわりつきベタつく潮風は嫌いだったのに。今日は不思議と清々しく爽やかに感じた。
First Written : 2022/05/28