ジニー達に出会う前のロベルトとグスタフの話。
探索を終えると、宿にとった部屋でロベルトとグスタフはそれぞれに荷解きを行い一日の疲れを癒やす。
ロベルトは革袋から本日の戦利品を一つ一つ調べて整理するのを終えるとテーブルの側に座る相棒を見やった。
グスタフは細かい傷の確認と手当をしているようだった。用意した水盆から、すっと細い一本線がグスタフの手の甲にできた擦り傷へと伸びる。無駄のない、繊細な線に見惚れる。
ロベルトの持論では、術には使い手の性格が出る。一見派手な見た目の相棒が、意外と細やかにアニマを操ることをロベルトは知っていた。どの種類の術もそつなくこなす。ただ、火の術を使うときだけ、制御が一定ではなく波のように大きく乱れることがある。
総じてグスタフは生真面目であった。見た目の奇抜さは寧ろその真面目さを隠すための変装かとロベルトは分析する。他人に対して無愛想に見えるグスタフは、必要以上に自分を見せないように注意していた。初めて声を掛けたときにも警戒心を隠すこともしなかったが、ロベルトは彼と旅をしてみたいという直感に従った。信頼できる、という意味では正解だったと今でも思っている。彼の過去のことはさっぱり知らなかったが、根っこのところが信用できるならば背景は些末なことだ。
グスタフが顔を上げてロベルトを見た。じっと見つめすぎたかとロベルトは苦笑する。なにか用か、とグスタフの青紫の瞳が問うていた。
「いや、お前は術士としてもやっていけそうだよな、と思ってな」
ロベルトは正直に口にする。グスタフがどう反応すべきか悩んでいるのを察して、すぐ続けた。
「別に転向しろとかいう話じゃない。お前の剣には随分と助かってるよ」
ロベルトはグスタフの背後に置かれた鋼の剣を見やった。
術士は鋼を身につけることを嫌う。鋼はアニマの疎通を阻害するからだ。
鋼の装備自体は今では珍しくない。でも好んで使用するのは術が苦手な者や、前衛的な攻撃がとりわけ得意な者だ。グスタフは後者に当てはまるかもしれないが、それ以上に彼が持つ剣そのものに強いこだわりがありそうだった。
そうか、とグスタフは一言だけ発して、ロベルトの視線の先を辿る。言葉は短いがロベルトは気にならない。彼の「そうか」には感謝の意が込められているのを感じとれるからだ。
グスタフの言葉が少ないのは彼が言うべきことを吟味しているからだ。どこまで口にしてもいいのか、相手に伝えても問題ないか。行動をともにしているうちに、そこには拒絶だけではない彼の心根の優しさが滲むのがわかった。
必要であれば喋るし、不必要なら口を噤む。出会った当初よりは口数は増えたし、旅の相棒としては申し分ない。
とはいえ、ロベルトとてグスタフに全く関心がないわけでもない。時間が経てばそのあたりも解れるといいのだが、と考えていたところにグスタフの声が再び聞こえて彼は驚いた。
「父の剣だった」
ぽつりと零すようにグスタフは言った。彼が空気を震わせた言葉が、ロベルトの胸にじんと熱く染み込んでいく。呆気にとられたのは一瞬、ロベルトの唇は笑みの形をつくった。
「そうか。それは大切にもするな」
だった、というのはグスタフの父はもういないのだろうか、あるいは旅に出る前に譲り受けたということだろうか。依然としてわからないことは多いが、それでもよかった。
グスタフがロベルトに父の話をした。一歩以上の大きな前進だ。グスタフの信用を勝ち得たことにロベルトはすっかり気を良くして、寝る前に祝杯でもあげるかとにんまりした。
First Written : 2025/01/13