サガエメ一周年記念に書いた話。
ボニフォル編クリア後のその後。
「報告は以上です」
「ご苦労、ブレア巡査。明日からは休暇だったね」
大統領府。トリスタン室長への定時報告を終えたボーニーはそこで少し言い淀んだ。
「はい。それで室長、ちょっとご相談があるんですが……」
「おかえり、ボーニー」
キャピトルシティの寮室に帰ってきたボーニーの顔を見て、フォルミナはあらあらと首を傾げた。
「その顔だとあまりうまくいかなかったみたいね?」
「『お帰りいただきなさい』、だってよ」
「それは大変」
言葉とは裏腹にフォルミナは楽しそうだった。
ボーニーが室長に相談したこと。それは、奇妙な三角形のピースを集める旅の道中で出会った仲間たちの処遇の件だった。処遇というのは報酬の話ではなく、物理的な居場所の問題。ふたり暮らしには広い部屋を用意されてるとはいえ、寝室は足りるはずもなく、今は男部屋女部屋に別れて雑魚寝状態だ。(歌姫に関してはずっとリビングにいるため、夜に喉が渇いて起きる度に肝を冷やす原因になっている)
『ベッドを出せばいいんでしょう?』
そう言って魔女のアメイヤが魔法で大きな天蓋付きベッドを出したものだから、寝室の中も足の置き場がない。グレートツリーからついてきたパー達もそこに集まったから、ボーニー達が寝起きに猫に踏まれることはなくなったが。
「迷惑かけてすんません」
玄関口の彼女達の会話が聞こえていたのか、御堂綱紀が頭を下げた。一見普通の学生に見える彼の立場も大概やっかいだった。
「あぁ〜、まぁそういうこと。一段落ついたところで、みんなそれぞれの世界に帰ってもらうことになったんだ」
「ええんです。この大所帯じゃそうなりますわ」
「悪いね。パスポートは持ってないんだろう? 大統領が特別ルートでチャーター便出してもいいって言ってる」
東国の政府関係者の親戚。御堂家の人間に関しては取り扱いが国家レベルにまで発展する可能性がある。連合国としては少しでも恩を売っておく目論見もあるのかもしれない。
綱紀はそれを察したのか否か、首を横に振った。
「そこまでしてもらわんで大丈夫です。俺のミヤコ市が繋がってるとも限らへんし。帰った先に別の御堂綱紀がいたらまずいでしょう?」
「それもそうよねぇ」
「せやから、ほんのちょっと観光してから『扉』から帰りますわ」
早速綱紀は身の回りの荷物をまとめると、戸口へと向かった。ボーニーとフォルミナにお辞儀をすると、
「お世話になりました」
と言って、部屋を出ていく。
「元気でね!」
「達者でな。マンホール入るとこ見られんなよー!」
物分りの良い青年の後ろ姿が見えなくなったところで、ボーニー達は手を振るのをやめた。
「変な子だったけど、いい子だったわね」
「そうだな、タイプではないけど」
「タイプではないけど」
声が重なったところでボーニーとフォルミナは顔をあわせて笑った。
「あー、ほんとにそろそろそういう運も回ってこないかな」
「ツナノリも闇の王様も顔はいいんだけどね」
「もっとふつーのがいいよ」
部屋に戻った二人はソファーでくつろいでいた残りの仲間達に、大統領府の決定を告げた。
「えぇー、嫌よ。まだ全然見て回れていないし」
アメイヤが口を尖らす。
「魔女に指図しようと思ってもそうはいかないわよ。ねぇ、シウグナス」
テレビをしげしげと眺めていたシウグナスは話をふられて妖しく目を光らせた。
「我は闇の王。同じく、指図は受けぬ」
「その目やめろよな。駄々こねられても、ここにはもう置けないんだよ」
「帰らなくても、せめて自分で住む場所を別に決めてもらえないかな?」
フォルミナが妥協案を出せば、アメイヤはむぅと頬を膨らませたものの、ぱっと閃いたかのように笑顔になった。
「そうだ! キャピトルシティならリタがいるはずよね」
「リタとは誰だ?」
「プールクーラの魔女よ。私の友達。こっちに来てるはずよ」
「ほう、お前以外にも魔女がいるのか」
シウグナスが興味深そうにしているかげでボーニーとフォルミナはお互いに耳打ちした。
「そんな話知ってたか?」
「初耳よ」
「面倒なことにならないといいけど」
うーん、とボーニーがこめかみに手をあてて唸った。
「じゃあ、シウグナスは私といっしょにおいでよ」
「ふむ、同行を許そう」
「同行を許してるのは私の方なんだけどな。まぁいいや、そうとなったら善は急げよ。行くよ、ロロ!」
すっかりその気になったアメイヤが名前を呼ぶと、静かに動向を見守っていた黒猫がアメイヤの足元に駆け寄った。
「そっか、ロロちゃんも行っちゃうのか〜」
フォルミナが残念そうな声で黒猫を撫でようとしたが、ロロはするりとその手から逃れる。
「ロロは私の使い魔よ。当たり前でしょう」
「ロロちゃんがいると、パー達が話をよく聞いてくれて楽だったのになぁ」
振られちゃった、とフォルミナが笑った。
「じゃあね!」
「お前達との旅も存外に面白かったぞ」
「こっちもいろいろ助かったよ」
「気をつけてね」
アメイヤ、ロロとシウグナスが部屋から出ていくと、ボーニーがはたと気づく。
「あいつらあの格好のままうろつく気か?」
「サーカス団だと思われないかしら」
ふーむ、とフォルミナが神妙な顔をしたが、瞳は踊ったままだ。
「さて、後は歌姫だな」
「お話はわかりました」
ことの成り行きを見ていた歌姫——ディーヴァナンバー5はすくっと立ち上がった。
「私は一人で帰れます。ですが、その前にこちらにいる歌姫に会いたいと思います」
「歌姫って、もしかしてエミリーのこと?」
「はい。彼女の歌を聴いてみたいです」
「エミリー・ブライアントかー。アポ取れるかな?」
「アポは必要ありません。自分でなんとかします」
「そうは言っても……」
「問題ありません。歌があれば自然と繋がります。では、行ってきます」
ディーヴァはファンを魅了する笑みを浮かべるとフォルミナ達が止める前にすーっと部屋を出ていった。優雅に踊りながら。
「……」
「……」
「なぁ、フォルミナ。あたしたち、明日から休めるんだよな?」
「ダメよ、ボーニー。口に出してはダメ」
猫達の鳴き声だけが聞こえる部屋で二人はやれやれと肩を落とした。
First Written : 2025/04/25