ハン・ノヴァの歓楽街で出くわすレスリーとフリン、そしてダイクの話。
ほんのりギュスレス。
ハン・ノヴァの宮殿から放射線状に伸びる三つの街区。そのうちの一つ、いわゆる歓楽街と呼ばれるそこの酒場で、レスリーはひとりでグラスを傾けていた。
フロアの中央にあるステージではきらびやかな衣装を纏った女性達が踊っている。取り囲むように観客が囃し立て、お気に入りの娘に手をふったりする。声援を送られた側もウィンクや投げキッスでこたえていた。
にぎやかな場所だった。ひとりで静かに飲むには向かない。レスリーもそれはわかっていたので、喧騒に眉をしかめることはなかった。カウンター席に座った彼女はマスターと談笑するでもなく、店の中を眺めては琥珀色の液体で舌を湿らす。
ふとレスリーの目の前に影が落ちた。
「こんなところで珍しいね、レスリー」
すっと彼女の横の空席に滑り込むように座ったフリンは、まるで待ち合わせていたかのように自分の飲み物を注文する。
「フリン、あなたこそ何をしているの?」
急に声をかけられて驚きこそすれ、レスリーはその来訪に嫌悪の意はなかった。
「ボクはまぁ、仕事……かなぁ? レスリーがここにいる方が不自然でしょ。さすがに女性ひとりは危ないよ?」
「一応気を遣ったつもりだけれど、駄目だったかしら?」
そういうレスリーは髪をしっかりと一つにまとめて冒険者風の装いをしていた。フリンは彼女を上から下に眺め、首を横に振る。いくら腰に短剣を下げていて男装しようとも、女性らしいラインは隠しきれてはいない。
「気づかない? 結構見られてるよ?」
「……この歳で騒ぎになるようなことはないと思うけど。でも、そうね。ありがとう、フリン」
レスリーは苦笑いを浮かべてから、素直に礼を言った。二人はグラスを掲げて乾杯をする。
「それで、ギュス様がよく遊びにくるところの偵察にでも来たの?」
「なんでそうなるのよ。ギュスは関係ない……こともないかも。せっかくだから彼が造った街をしっかり見に来た、っていうところかしらね」
ふーん、と意味ありげに笑うフリンを小突いてから、レスリーは改めて周りを見渡した。
「楽しそうだな、と思ったのよ。悩みが全くないわけではないでしょうけど、みんな幸せそうだなって」
「うん、わかる気がする。誇らしくなるよね。ギュス様が造った街なんだよって大声で言いたくなるよ」
そんなこと皆知ってるのにねぇ、とフリンは声をたてて笑った。隣のフリンの笑顔にレスリーも頬を綻ばせる。
「テルムではこうはいかないものね。あそこの酒場に入ったわけではないけれど、城下を歩いていてもそういうのは感じるから」
「あぁ、あそこはね。ボクなんかすっごい目で睨まれるからね」
フリンがしょうがないという風に眉を下げて、グラスを口につけた。レスリーはその様子をちらりと見て、曖昧に相槌をうつ。いくらギュスターヴが権力を持ってもフィニーにおける術不能者の立場はそう簡単には変わらない。フリンがどのような扱いを受けたのか、レスリーは想像することしかできない。
「ヤーデもワイドも好きだったけど、それともまた違う。歩いてみると、ハン・ノヴァはギュスの街なんだってしみじみと感じるのよね。鍛冶屋街なんて、特に」
「ギュス様、あそこの建設中は毎日のように見に行ってたよね」
「それで毎日ケルヴィンに怒られてね」
ふふっと二人は顔を見合わせて笑った。過去を懐かしむうちにグラスの飲み物は無くなり、追加を注文しようかというところで酒場の扉が大きく開いた。
「あ、親父ぃ!」
戸口をくぐった人物がフリンを見つけて小走りで近づいてくる。
「ダイク、何か用か? 子供が来るようなところじゃないぞ」
フリンが息子の前で見せる顔にレスリーが微笑ましくしていると、ダイクは彼女の存在にも気づく。
「あ、レスリーさんも。よかった、一緒だったんだ」
「ダイク?」
質問の答えを催促するフリンの声はレスリーと会話していたそれより一段低く、すっかり父親のものだ。もっとも、血のつながりがあるわけではなく、ダイクはフリンの養子である。
「ギュスターヴ様に親父がどうしてるか見に行って来いって言われたんだよ。ついでに、レスリーさんも見つけたら教えろって」
ダイクの返事にフリンはレスリーの顔を見てから肩を竦めてみせた。
「ギュス様ってそういう勘は鋭いよね」
零すようにそう言うと、またダイクの方に向きなおり、
「ダイク、適当に誤魔化しておけ」
と言い放つ。
「えぇ?! そういう親父はギュスターヴ様に絶対嘘つかないくせに!」
「うるさい。これも勉強だと思え」
にべもない父親の発言にダイクが抗議するのを横目に、レスリーはマスターに勘定をお願いした。幼馴染の幸せな姿も見れたことだし今日は大人しく帰ろう、と彼女は満足そうに微笑んだ。
First Written: 2025/05/06