真偽

少し変わった視点からのギュスレス。
リマスタークリア後推奨です。


 

 行商人の男は目論見が外れて肩を落としていた。布をひろげてつくった簡易的な露店に目を向ける者は少なく、実入りはほぼゼロに近い。
 グリューゲルに立ち寄った際、郊外の村で収穫祭が行われると耳にした。行ったことがないエリアだったが、祭ならばそれなりの集客が見込めるかもしれない。商品となるような珍しいものに出会える可能性もある。そう思って件の村に来たものの、村民は収穫を口実に歌い踊り騒ぐことの方が重要なようで、彼の店先には冷やかしは数人これど、客にはなりそうになかった。
 朝方木陰を狙って選んだ場所は日が高くのぼった今、ほとんど陽の光に直接晒されていた。商品が明るく照らされるのはまだ良いにせよ、男がそろそろ暑さに耐えられなくなりそうだった。身体を冷やすためにアニマを消耗するぐらいなら、諦めて店をたたみ、仕入に切り替えた方が良い。
 商人が片付けを始めようとした時、黒い影が敷き布に落ちた。顔をあげると、一人の男が目の前に立っていた。
「いらっしゃい! どうぞ見ていってください!」 ぼんやりとしていたのだろうか、客が来る気配を感じ取れなかった商人は、内心慌てながら声をあげた。
 客はふむ、と小さく頷いて自分の顎を撫でた。歳は五十から六十くらいだろうか。帽子を目深にかぶっていたため人となりはよくわからなかったが、合間から覗いた双眸はどこか楽しそうに輝いていた。これは脈ありかもしれない。
「ワイドから仕入れてきましてね。あそこは様々な船が来るので異国のものも取り揃えていますよ」
 並べた商品を指ししめすと、客の男はゆっくりと腰を落とした。折り重なった織物の絨毯や装飾品などに彼の目が流れていく。全身を覆うような外套(おそらく日除けのためだろうが、この気温では随分と暑そうだった)の合間から右腕を突き出した。
「これはサンゴの髪飾りか?」
「はい、そうです。お客さん詳しいですね」
 薄紅色の髪飾りに目を細めた客を改めて見る。初老にしてはずいぶんと体付きが良い気がした。
「お客さん、船乗りですか?」
「いや。昔、用心棒として船に乗ったことはあるがな」
「あぁ、なるほど」
 様相からして既に引退していると思われたが、現役の時はさぞかし鍛えていただろう体格に納得する。ここ最近では随分掃討されたときくが、商船は常にモンスターや海賊の襲撃の危険があった。船員自らが戦闘員であったり、腕利きのものを雇うこともある。
「ああもう、ここにいたの」
 ふと、客の後ろの方から女の声がした。そちらに目を向ければ、男と同じ年齢ぐらいの女性が籠を腕にさげて近づいてきていた。
「あまり離れないでと言ったのに」
「悪い」
 言葉とは裏腹にあまり悪びれた様子を見せない客に、連れの女は呆れたようなため息をついた。
「夫婦で仲良く買い物ですか、いいですねぇ。奥様もぜひ見ていってくださいな」
 女は一瞬驚いたような顔をした後、照れたようにも困ったようにもとれる微笑みを浮かべた。彼女は言われたままに商品に視線をうつすと、あら、と目を瞬いた。
「これはマーマレード?」
「はい。甘くて美味しいですよ。こちらの香辛料とかもお料理にいかがですか?」
「見ろよ、レスリー。これとか懐かしいだろう」
「そうね。あぁ、これも」
 並んで腰を落として一緒に商品を物色しだした夫婦に、少なくともいくらかは商品も売れそうだ、と行商人は心の中でにんまりとした。
 
 
 
 
 
「……否定しないんだな」
 露店で買い物を済ませた二人は連れ立って祭の中心地から離れていく。
「否定した方がよかった?」
「いや。……しなくていい」
 男の左側から彼の顔を仰ぎ見た女はその簡素な返答に嬉しそうに顔をほころばせた。
「ねぇ、ええっと……?」
「タンクレッド」
「今日はタンクレッドね。もう、毎回名前を変えるんだから、覚えてられないわよ」
「レスリーが『ギュス』じゃ駄目だって言うからだろ」
 風が吹き、男の外套がはためいた。彼の左側の布地は頼りなく揺れてから静かに元にもどる。
「うーん、じゃあグスタフとかならわかりやすいんじゃないか」
「なんでもいいから、一つに決めて」
 男は「はいはい」と答え、女は「もう」と短く怒る。
 
 その男の名。女の名。そして、二人の関係。
 真偽の程は定かにあらずとも、些末なこと。


First Written ; 2025/06/29