怒っているのは愛情

幻想水滸伝よりフリック×オデッサ。
『怒っているのは愛情』というお題で書いたもの。

 


 

「オデッサ…!!」

彼の叫びのすぐ後に、白刃が翻った。
キンッという金属が触れあう音に、息をのむ。

 

 

レナンカンプ、『けやき亭』。
その一室にフリックとオデッサはいた。

解放軍のアジトとして使われているそこは今、人払いをしている。

定例の報告の後、フリックはオデッサ以外の者に席を外すよう求めた。
彼の意向を汲んで、サンチェスとハンフリーは各々にあてがわれた部屋へ戻っていった。

彼等の後ろで扉がパタンと閉まると、フリックは重く息を吐いた。

「オデッサ……」

普段の優しいテノールより幾分低い声で、フリックは彼女の名を呼んだ。
怒りを含んだ声音に、オデッサは地図に落としていた視線をあげる。

「俺が何故怒っているのか、わかるよな。」

息を吐き出すように言われた言葉に、オデッサは静かに頷いた。

「……ごめんなさい。」

赤月帝国にとって、解放運動とはとるにたりない存在である。

しかし、解放軍の活動も活発になり、リーダーであるオデッサ・シルバーバーグの名前も知られるようになるにつれ、警備は強化されてきている。
あくまで裏で活動している解放軍ではあるが、ひょんなことで警備兵に見つかることがある。

今回もそのような状況であった。

かといって解放軍のメンバーも黙って捕まるわけにはいかない。
尾行に気付いたオデッサ達は、一目につかないところまで彼等を誘い込むと、臨戦体制になった。

数は互角だが、解放軍には『太刀のハンフリー』や、『青雷フリック』の通り名で知られている剣豪がいる。
負ける戦いではなかった……しかし…

まだ解放軍に参加したばかりの歳若いメンバーに向かって敵の剣が襲い掛かった。

そして、事もあろうか、目をつぶった少年の目の前に翻ったのが赤い色をしたマントだったのである。
弓を投げ捨て、ダガーももたずに、彼の前に立ったオデッサ・シルバーバーグが纏った赤き布が。

刃はそのまま彼女めがけて振り降ろされる。
気付いて走り出したフリックは後一歩及ばなかった。

そして、金属がぶつかる音。
 

「あの時、ハンフリーが近くにいたからよかったものの…」

とっさに動いたハンフリーが敵の刃を刃で返した。
ハンフリーの強い力で剣は遠くへ飛ばされ、地面に突き刺さった。
そしてフリックが峰打ちで相手を戦闘不能にして、事無きを得たのだ。

他の人達がそうしたように、オデッサもその時ほっと胸をなでおろした。

別に死のうと思ったわけじゃない。
ただ身体が勝手に動いただけ。

彼女も自分の行為の非は認めてる。
怒るフリックももっともなことだし、彼女も叱られるべき行動だと自分で思っていた。

「ごめんなさい。
 私でも何であんなことをしたのかわからないの。
 リーダー失格の行動よね。
 ……以後は気をつけるわ。」 

ようやく軌道に乗りはじめた解放運動も、リーダーのオデッサが死んだらすぐにでも瓦解するだろう。
それゆえオデッサの命は他の誰よりも大切だった。
その事実も、彼女自身も十分にわかっていた。

オデッサは目を伏せた。

「目的のためには、犠牲も仕方ないのよね……」

「オデッサ……」

彼女は唇を噛み締めた。
わかっている、けれど心がそれを承知していなかった。

フリックはそんなオデッサの様子を見て、眉を寄せた。

いつでも強くあろうとする彼女がその実、内心さまざまなことで傷付いているのは知っていた。
その度に自分を叱咤しながら、気丈に振舞おうとしていることも。

強い彼女が見せる弱い姿。
そのような表情をさせてしまったことに胸が痛む。

「………」

思わず彼は彼女を抱き締めていた。
彼よりだいぶ小さいその華奢な身体はすっぽりと彼の腕の中に収まってしまう。

「オデッサ……
 俺は、別に見捨てろといってるわけじゃない。
 ただ身替わりなんて馬鹿なことはしないでくれ。」
 
肩ごしに聞こえる声音は、先程とは違って優しく静かに響くものだった。
彼女を気づかう声。

彼を安心させるために、オデッサは少し笑ってみせた。

「わかってるわ。
 リーダーがいなくなったら大変だもの。」

自分の命が大切なのはわかっている、とオデッサは頷いた。
しかし、フリックは首を振ると、言葉をつづけた。

「それだけじゃない。
 オデッサ……俺は…オデッサ自身のことを言ってるんだ。」

たしかにリーダーとして、オデッサは生きなければいけない人物だ。
しかし、フリックはそれ以上に……1人の女性として彼女に生きることを望んでいた。
だからこそ彼は一番大切な者の名前をつける剣にオデッサと呼び、
その剣に誓って、彼女を護ると決めていた。

オデッサが自身を軽んじるのは、彼には耐えがたい。

「俺はオデッサを護ると誓った。
 その誓いを違えるつもりはない。
 だけど、オデッサが生きようと思ってくれないと、俺は何を守ればいい?」 

怒りでもなく、慰めているわけでもない、彼の本音の言葉。
苦しげに吐かれた言葉は、ゆっくりとオデッサの心にしみ込んでいく。

「フリック……」
「頼む。身替わりなんて馬鹿なことはしないでくれ。」

少し力を込めて抱きしめると、彼は息を吐いた。

 (一瞬……失うかと思った。)

銀色の刃が煌めいた時、彼はたしかに恐怖を感じた。
オデッサが命を失うかもしれないという不安。
それはいつでも彼の心にあったし、そう思う度に彼は何度も誓った。

彼女を護る、と。

だからこそ彼は彼女が自分の命を大切にすることを誰よりも望むのだ。 

「フリック……ありがとう。」

彼の気持ちが痛いほどに伝わってきて、オデッサの目頭は熱くなる。
彼女を彼女として見てくれる彼に何度救われてきただろう。

彼の広い背中に腕をまわすと、彼女は自分から身を預けた。
彼女より幾分大きなその体、その暖かい心はいつでも彼女を守っていてくれる。

「俺は…」
「…?」
「……本当のことを言うと、悔しいんだ。
 俺はあの時、オデッサを守れなかった。」

少し拗ねたような口調になったフリックに、オデッサは笑みを零した。
肩を震わせたオデッサに、フリックはちょっとむっとした顔をする。

「笑うなよ。全く……」
「ふふ。ありがとう、フリック。
 その気持ちだけで嬉しいわ。」
 
彼女が危険な目に会いそうになったら、いつでも彼は飛んでくるのだろう。
そして、彼女の前にたって、守り、助けてくれて……そして、抱き締めてくれるのだろう。

身も心も暖かくなり、オデッサはしばらくその暖かさに身をまかせていた。
それはわずかばかりの時間だったけれど、とても幸せな時間であった。

 


First Written : 200X/XX