天は晴れども - 1/4

水着レスリー実装された時の話。4連作です。

 


天は晴れども

 ギラギラと輝く太陽。はしゃぐ人々の声の合間に、ザザーっと引いては寄せる波の音。
 真っ青な空に、紺碧の海がすぐ近くにあるのに、ケルヴィンの目には丸太を繋ぎ合わせた天井が見えるだけだ。デッキチェアをベットがわりにして、額には冷たく濡らしたタオルをあてている。
「ケルヴィン。飲み物を持ってきたわ」
「あぁ、ありがとう……」
 ゆっくりと身体を起こし、顔を声の方に向けたところで、ケルヴィンは慌ててまた目を逸らすこととなる。忘れかけていた頭痛がよみがえったのか、頭がくらくらした。
「大丈夫?」
「……問題ない」
 心配したレスリーが隣に腰をおろす。彼女が差し出したグラスをありがたく受け取り、一口含んだ。冷たく爽やかな飲料で喉を潤し、火照った身体を落ち着かせることに専念する。
 そう、これは慣れない暑さにやられただけだ。
  * * *
 
 事の発端は、クラヴィスの仕事としてレスリーが情報集めに行ったことだった。グレートアーチはこの世界のリゾートとして名高く、人がたくさん集まるという。数人のチームで聞き込みを行い、仕事としてはひと段落したものの、そこで教授とキャンディが行方不明になった。
 捜索に向かったところ、教授が熱闘コロシアムという催しを始め、客を集めていた。頭の中にある強敵のイメージを実体化して模擬戦を行うというものだったが、レスリー達はしばらくその催しの様子見——つまりは、教授やその発明品が暴走しないか監視をすることになったのだ。
 せっかくなのでと、彼女がケルヴィン、ギュスターヴとフリンを誘った。当初あまり乗り気でなかったギュスターヴも、コロシアムと聞くと血が騒いだようで、こうして四人で、日々の疲れを癒しにきたのである。

 
 ビーチにつくとレスリーと一時別れ、その場に相応しい装いを借りるために店に入った。ケルヴィンが知る限りサンダイルではおよそ考えられない衣装の数々に度肝を抜かれていたが、そんな彼と違ってすっかりその場の空気に馴染んだギュスターヴは、喜んで着ていた服を脱ぎ捨て、選んだ水着を身につけはじめた。フリンも悩みながらサイズの合うものを見繕いだす。まだ躊躇うケルヴィンに、乙女じゃあるまいし、とギュスターヴがからかった。彼を睨みつけた後、これも異世界での習わしと自分に言い含めて、ケルヴィンも棚からなんとか譲歩できるものを選んだ。
 
 
「水着っていうのはここまで肌を露出するものなのか……」
「普通の服だと水を吸って重たくなっちゃうからなんでしょう?」
 ほぼ独り言のように零した言葉に、フリンが律儀に答える。上から照らす日差しだけでなく、砂浜もまるで火にかけられたように熱をもっている。
「それはわかっているが。それにしても……」
 ケルヴィンはため息混じりの声を漏らした。常夏の陽気の前では着込む方が命知らずとはいえ、人前で肌を見せるなど、貴族にあるまじき姿のように思えてならない。ましてや紳士たるもの、布地の少ない衣服を着た女性達を直視するのははばかられたので、常に目のやり場に困る。
 ここは異世界。ケルヴィンの常識が及ばぬ世界。そう頭の中で唱えながら、真っ先に飛び出していったギュスターヴを目線で探した。
 するとさっきまで波打ち際の水が触れるぎりぎりの場所を歩くことに挑戦していたギュスターヴが、寄せる水や砂の存在を忘れたかのようにじっと一点を見つめたままであることに気づく。まるで張り付いたようなその視線の先を辿るようにケルヴィンは振り返り、はっと息をのんだ。
 白い帽子が飛ばされぬように押さえる腕にはキラキラと光るゴールドのリングが連なる。長い金の髪が揺れ、透明感のあるパールホワイトの羽織が軽やかに風になびいた。若草を思わせる色のリボンを腰に結び、その下ではルビーレッドの布に縁どられた素肌がのぞいている。華やかなプラム色のサンダル以外に覆うものがない脚は惜しげも無く太陽の下に晒されていた。
 友人の見慣れぬ姿にケルヴィンの頬はぼっと音をたてるように燃える。気恥しさに視線を逸らす。
 辺りを見回すようにしていたレスリーは三人に気づいて歩を早めた。思わず視線を落とすケルヴィンとは異なり、真っ直ぐにレスリーを見ていたフリンが一番先に口を開いた。
「レスリー、すごく似合ってるよ。なんだかドキドキしちゃうけど……」
「ありがとう、フリン。あなたも似合ってるわ」
 はにかむ姿はやはり見知った彼女であり、頭が混乱する。
「ね、ギュス様?」
 フリンが同意を求めてギュスターヴを振り向くと、彼はしゃがみこんで両手を砂の中に突っ込んでいるところだった。
「なぁ、ここに蟹がいるぞ?」
(こいつ……)
 せめて何か言えばいいというものを。何事も無かったかのように振る舞えるギュスターヴの神経がケルヴィンにはわからない。自分ならば、恋慕の情を抱く女性があのような姿で目の前に現れればとても正気では居られない。
(って、何を考えているんだ、私は……!)
 ふと頭をよぎってしまった顔を懸命に振り払うように頭をふる。ふと目の端でレスリーが困ったような、あるいは何かを諦めたような表情を浮かべた気がしたが、それも一瞬の蜃気楼のようで、彼女は唇に笑みを浮かべながらギュスターヴの手元をよく見るために近づいていった。
 
 そのまま水際で足をぬらし、波間で戯れ、ビーチボールを借りて遊んだが、いよいよ目的の熱闘コロシアムの時間になって、ケルヴィンは耐え難い頭痛に苛まれることになる。とても戦う気力などない彼はコテージで休憩し、コロシアムには残りの三人で参加することになった。
「はしゃぎすぎなんだよ」
(どっちの方が……)
 ギュスターヴへの反論は言葉にならず、ケルヴィンはこめかみをおさえる。来る前の躊躇はどこへやら、人一倍身体を動かして歳を忘れたように遊んでいた彼が、息ひとつ乱していない様子に妙に腹が立つ。ケルヴィンはダラダラと流れる汗を手の甲で拭った。
「なるべく涼しいところで身体を休めてね」
「終わったらすぐ戻ってくるからね」
 レスリーが氷で冷やしたタオルと、フリンが持ってきた水を受け取り、ケルヴィンは少しの間、目を閉じることにした。

 
  * * *

 そして幾分体調がましになってきたところに、レスリーが飲み物を持って現れた。彼女が持ってきた飲料は店先で売られている色鮮やかなカクテルの類とは違い、体力の回復を目的としたもののようだった。程よい甘味が体に染み入る。
「シャツの前を開けたらどう? まだ抵抗ある?」
 レスリーが気遣うように問いかける。
「気になるなら席を外すけど」
 気恥ずかしさをはっきりと言葉にせずとも見透かされてるようでケルヴィンは恥じ入った。これではかえって彼女に失礼というものだ。誤魔化すように咳払いを一つする。
「いや、大丈夫だ。……その、レスリーは平気なのか?」
 問うと、彼女は一瞬何のことかと瞬いてから、あぁと頷いた。
「水着のこと? 私もちょっと戸惑ったけれど、ライザとエミリアが一緒に見立ててくれて、とても楽しそうだったから」
 縮こまってたらダメよ、堂々としてないと勿体無いって言われちゃったわ、とレスリーは腰に巻かれたリボンの先をいじりながら続けた。彼女達が言うのならそうなのだろう、と。
 それに、とふふっと笑う。
「見知らぬ土地で新しい経験をすることは嫌いじゃないの。ちょっとやそっとじゃ驚かなくなったかしら。この世界に来る前も、予想外のことばっかりだったしね」
 彼女の目が懐かしそうに細められる。その穏やかな微笑みに、ケルヴィンも頷いた。
「あいつといると無茶苦茶なことばかりだからな」
「でも、楽しいのでしょう?」
 すぐにそう返されて、ケルヴィンはぐっと言葉に詰まる。また顔が茹だるようだった。
「…………ギュスターヴには言わないでくれ」
「もちろん、心得てるわ」
 くすくすと笑うレスリーに、ケルヴィンもつられて口角があがった。
「何を笑ってるんだ」
 突然ケルヴィンの視界が遮られ、かわりに背後から声がした。
「ギュスターヴ!」
 ケルヴィンは頭に強く押し付けられたものを剥ぎ取った。手の中にあるそれは、麦わら帽子のようだった。日除けのためにわざわざ持ってきてくれたのかと思うと、一瞬湧いた怒りが萎んだ。
「ケルヴィンがいなくても余裕だったぞ?」
「それはよかったな。私もこの炎天下でわざわざ槍をふるわずにすんだ」
「本当は出たかったんだろう?」
「お前と一緒にするな」
 いつもの調子で売り言葉に買い言葉となる問答だが、ケルヴィンは心から怒る気にもなれなかった。口では何を言っていても、ギュスターヴが彼なりの方法で気遣ってくれているのだ。例えこんなのでも。
「ギュス様、待ってよ〜」
 戸口に現れたフリンがビーチサンダルをパタパタ鳴らしながら嬉しそうにくる。
「よかった、レスリーもここにいたんだね。また誰かにからまれてないかってギュス様がしんぱいたっ!」
「余計なことを言うな!」
「痛いよ、ギュスさまぁ〜」
 叩かれた頭をおさえてフリンがべそをかく。
「もう、ギュスは相変わらず乱暴なんだから」
 繰り広げられるいつもの光景に、ケルヴィンは額をおさえて嘆息した。
 まるで故意にすれ違う二人は見ていて歯がゆい。真夏の陽気をもってしても彼らの心の方は開放的にはならないらしい。
(全くいつになれば素直になるんだか……)
 身近な頭痛の種を前にケルヴィンの頭はまた痛み出すのだった。