彩りを君に

クリスマス話。リアム編10話の後の話。


 

 レスリーが屋敷を出た頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。気温も日中より下がり、吐息は白いもやとなって霧散する。
 広場まで下ると、薄闇の中でイルカ像が以前とほとんど変わりない姿でほのかに輝きを見せていた。
 
 オルレット達がバンガードを襲撃してからまだそれ程時は経っておらず、日々復旧作業を行っているとはいえ、各地にその爪痕は残ったままだ。
 それでもイルカ像は、と真っ先に建て直された。それだけこの像は街の人々の心の拠り所になっているのだろう。元はバンガードにとって重要なある術具を模したのだと聞いていた。イルカ像の復旧にギュスターヴもかり出され、忙しくも楽しそうに作業していたことを彼女はふと思い出す。
 雨でも降るのか、空には雲がかかっている。冷たい風に思わず身震いすると、レスリーは胸に抱えた袋を抱きしめてやや急ぎ気味に歩き出した。
 広場の外へ続く道、その先の家から明かりが漏れ出ている。たなびく雲のように煙突から絶え間なく伸びる白煙に、彼女はほっと心が緩むのを感じた。いつの間にか我が家のように感じるようになった、大切な場所。
(ただいま)
 唇は閉じたまま心の中だけでそう呟くと、扉を開く。チリンという鈴の音が鳴った。
 

  * * *

 
「ここは暖かいわね」
「レスリーか」
 常に火をおこしている為、鍛冶屋の室温はいつも高めになっている。とりわけ火のすぐ側に居ることが多いギュスターヴは薄着で袖も捲っていた。厚めのコートに首にマフラーを巻いて入ってきたレスリーとは対照的な姿だ。
 客足がしばらく途絶えていた為、腰掛けていた椅子からギュスターヴは立ち上がった。
 レスリーは抱えていた袋をカウンターの上に置くと、そこからごそごそと物を取り出していく。
「何をしているんだ?」
「いくつかもらってきたの。ここはいつも殺風景だから」
 彼女がカウンターの端に針葉樹の小さな置物を乗せた。深緑の木をぐるりと囲むようにキラキラと光る小さな飾りが多数ついており、頂点には星が彩っている。
 バンガードでは聖夜を祝う風習がある。彼女が取り出したのはそれに因んだ小物だった。
(殺風景だから、か)
 店を任されたギュスターヴがそういうことに頓着しない為、レスリーがいつも季節の花を生けたりちょっとした調度品を飾ったりしていた。無骨な武器ばかりが並ぶのに、どことなく和むのはそういうことなのだろう、とふと彼は思う。
「そうだわ」
 袋からレスリーが輪のようなものを取り出し、思い立ったようにそれを持ったまま外へとまた出ていった。
「?」
 扉を閉めたまま、しばらく待っても戻らない彼女を不思議に思い、ギュスターヴは戸口に向かう。
「あ、ちょっと待って!」
 そのまま押し開こうとするのをレスリーの声が慌てたように止めた。これでいいわ、という許しを得てからギュスターヴは外へと踏み出した。
 扉の真ん中より少し上のところに、リースが飾ってあった。緑の葉をまとめるようにところどころ赤と白のリボンが巻かれており、また同じように小さい赤い実と緑がかった白っぽい実が合間からのぞいている。
(これは確かヒイラギ? いや、それと……)
「ねぇ、可愛いでしょう?」
 その実の名前を思い出すとギュスターヴはハッとしてレスリーを振り返った。
 マフラーの上からのぞいている頬がやや興奮気味に上気している。
 
 ——ねぇ、知ってる? ヤドリギの下にいる二人はね……
 
 内緒話を打ち明けるようにくすくす笑っていたジニーがギュスターヴの脳裏をよぎった。
 まさかと思ったが、レスリーは『それ』には気づいていないようだった。ただ純粋にその飾りを愛でている笑顔だ。
「……ああ、可愛いな」
 彼女を見据えたまま答えたギュスターヴの前に白がチラつく。
「あ、雪だわ」
 ふわふわと空を舞うように降りてきた綿毛のような雪に、レスリーが感嘆の吐息を吐いた。
「道理で寒いわけだ」
「その格好で外に出たらさすがに寒いわよ」
 部屋の中へと促すように、レスリーは扉のとってに手をかけた。彼女が背を向けた時、ギュスターヴは気取られないようにそっと一歩前へと出た。揺れる彼女の髪に触れるか触れないかの口付けを落とす。
「? ギュス……?」
「……髪に雪がついてた」
 何かを感じたレスリーが振り返ると、そう言い訳してギュスターヴは暖かい室内へと戻っていった。

 


First Written : 2022/12/22

2022年のクリスマスがちょうど、10話でバンガードの各地が破壊されている状態でした。このギュス様はレスリーと同世代のイメージですね。