2023年1月の新年イベントでバニースタイルのコーデリアが実装されたため、そこからの妄想話。
扉を開いたらそこは別世界だった。
部屋全体が金や銀に光っているのかと錯覚するほど、煌びやかで眩しい。そして行き交う人々もそれぞれ華やか——と言えば聞こえはいいが、見るからに派手派手しい格好をして騒いでいる。
「……帰る」
開口一番、ナルセスの口から出た言葉が予想通りでタイラーは苦笑を禁じえなかった。
ジャラジャラと硬貨が擦り合う音や、やたら高く響く音——『機械』と言われるものから発されるものは耳に慣れず、確かに長時間滞在すれば頭も痛くなりそうなものだ。
「ナルセスさん、そう言わずに。もう少しだけ入ってみましょう」
タイラーは、立ち止まったナルセスの背を押して一歩中へと促した。隣で同じく圧倒されていたウィルも頷く。
「せっかくコーディが誘ってくれたんです。顔を出さずに帰ったらがっかりしちゃいますよ」
新年を祝ってバンガードで期間限定で開かれるお店。そこでコーデリアは『バイト』をするのだと言っていた。『バイト』と言うのは、要は雇われて働くことだそうだが、稼ぐことが目的というよりは面白半分で参加した、というところだろう。
それにしても、とタイラーは思う。一体どこからこれだけの物が運び込まれたというのか。
ここは、異世界で『カジノ』と呼ばれるものらしい。客はコインを賭けて様々なゲームに興じる。サンダイルでは想像もできない娯楽施設だ。もっともトラブル防止のために、とダリアスからは実際の金銭を賭けることは禁じられている。入場者は入口で一定数のコインを貰い、それを元手にどれだけ増やせたかを競う、というレベルだ。
コーデリアはこの施設の中の飲食スペースで働いてるという。店の奥にそれらしきバーカウンターが見えた。テーブル席もあり、軽食も用意されているらしい。
油断すればすぐ踵を返しそうなナルセスを宥めつつ、テーブルの一つに席をとる。
「そもそもあの教授発案という時点で嫌な予感しかしない」
「クラヴィスも介入しているから大丈夫ですよ……多分」
ぐちぐちと続けるナルセスに、ウィルがメニュー表を渡す。語尾に少し不安が滲むのも仕方ない。教授がグレートアーチでやらかしたことは記憶に新しい。
「あ、ウィル! タイラーさんに、ナルセスさんも来てくれたんだ!」
明るく弾んだ声を上げて、彼らを見つけたコーデリアがお盆を抱えて駆け寄ってきた。
三人は彼女を見上げて、しばし絶句する。
「どう、可愛い?」
コーデリアは耳を——顔の両側についている耳ではなく、頭につけたうさぎの耳を触って揺らしてみた。うさぎの格好をしている店員はそこまでの道中でも見かけた。今年はウサギ年——彼らには意味がよくわからなかったが、そういう文化が異世界にはあるらしい——それに因んでの扮装だ。
それよりも、目を引いたのはいつものロングスカートに比べて遥かに短い丈のスカート。その下の肌は隠れているとはいえ、ぴったりとした布地で脚のラインがはっきりと出ている。そして何よりも、フリルで彩られたトップスは背中側が大きく開き、肩から脇、そして腕がむき出しになっている。
「おい、小娘。そんな格好をして恥じらいというものが無いのか。若い娘がそのように無防備に肌をさらして!」
「ちょっと、そんな言い方ないじゃない?!」
タイラーが言葉を探しているうちにナルセスの不機嫌はさらに加速したようだった。コーデリアがナルセスの尖った物言いにカチンとして言い返す。ナルセスは彼女を心配しての言葉なのだが、(そう指摘すれば彼は全力で否定するが)、今のコーデリアには響かないだろう。
「ねぇ、ウィルどうかな?」
口を尖らせたコーデリアが固まったままのウィルに向き直る。
「ウィルには聞いてやるな……」
「え、なんでよ?」
タイラーが止めると、ぷぅとコーデリアは頬を膨らませた。
(ウィルに可愛いと言ってもらいたかったのに……)
コーデリアとて、最初にその衣装を見た時は躊躇ったのだ。他のものは無いのかと尋ねたが、それがここでの正装だと言われた。実際、店員は皆似たり寄ったりの衣装だったので、そのうち感覚が麻痺してきたのか、気にならなくなったのだが——
そこで黙りこくっていたウィルがゆっくりと口を開いた。彼はコーデリアの赤い瞳を見つめ、
「可愛いよ、コーディ。でもちょっと目のやり場に困る……かな」
と、少し目を伏せるようにして笑った。
「そ、そう?」
コーデリアは瞳の色に負けず頬を赤く染め、上擦った声を出した。途端に恥ずかしくなり、胸の前に持ったお盆に隠れるように身をすくめた。
「あ、あの、飲み物とか頼んでね! うさぎモチーフのノンアルコールカクテルとかもあるから! うさぎ耳のメカのラビットが給仕してくれるよ。いつ見ても鉄の塊が飛んでいるのは不思議な感じだよね?」
まくし立てるようにコーデリアは続ける。
やっぱり帰る、今すぐ帰る、とナルセスがこれ以上ないくらい眉を顰めて零した。
First Written : 2023/01/02