夏祭りに参加するギュス様とレスリー。
くっついてる前提ですので、ギュスがナチュラルに脳内惚気てます。
大きな鍋のような容器の中心に粒状のものを注ぎ入れる。そこから機械のスイッチを入れるとブォンと低い音が響く。割り箸を割り、二つに分かれた一本を差し入れ、鍋をかき混ぜるように動かすと白いもやのようなものが絡めとられていく。
「レスリー?」
声をかけられて見上げると、ギュスターヴの碧い瞳が私を見ていた。その口元は笑っている。
バンガードでは夏祭りが開催されていた。どこの世界の文化なのかは詳しくは知らないけれど、少なくともサンダイルには無い催しだ。暑い日中を避けて少し涼しくなる夕方頃、屋外に夜店が並びたち、提灯という名の明かりが連なって道を彩っていく。
ダリアスは異界の戦士向けに祭りの『正装』なる『浴衣』の貸し出しも行っていた。必ずしもその服装である必要はないらしいけど、宣伝も兼ねてと彼に頼まれて私も着ていた。
それならば、と同行しているギュスターヴも合わせるように浴衣を見繕った。もっとも彼の場合は私が着ずとも好奇心で自ら着用していたかもしれない。
深い紅色の布をゆったりと纏った彼はいつもと雰囲気が違う。着ている本人は何も変わっていないはずなのに、非日常を感じてこっちが変に浮き足立ってしまう。
ギュスターヴが先程まて見ていた店の売り物を指さした。
「これ、食べられるんだろう? 熱心にじっと見つめて、そんなに腹が減っているのか?」
「もう、違うわよ」
食い意地をはってるみたいに言わないで欲しい。割り箸に絡まったもやは雲のように大きくなっていた。ふわふわとやわらかそうなそれが食べ物なのだと言われてもちょっと信じられない。どんな味がするのだろう。舐めてみたらどんな感触がするのだろう。そんなことを考えながら眺めていただけ。
「わたあめ、か? これが気になるのか」
私が頷くやいな、ギュスターヴはすぐ出店の前まで行くと指を二つ出して注文をすませてしまう。
はいと言って一つを手渡される。ありがとうと伝えると彼はにやりと笑った。
ギュスターヴはわたあめの一番上を手で摘む。その感触を楽しむかのようにしてから塊をちぎると自分の口に放り込んだ。
「うん、甘いな」
機械に最初に入れる粒の原材料は砂糖と聞いたから確かに甘いのだろう。
「指がべたべたするな。これは直接かじった方が良いのか?」
彼は自分の指先を眺めた後、ぺろりとそれを舐めた。その仕草に鼓動が跳ねる。慌てて視線をそらして、自分のわたあめに向き直る。
自分の顔より大きいものにかぶりつくのはやや気が引けたが、慎重に場所を選んで一口。ふわふわとした感触は一瞬で舌の上で甘くとける。確かに少しべたつく感じはあるが、面白い。
ふふっと思わず笑みをこぼすと、ギュスターヴがこっちをじっと見ていることに気づく。大口開けたとこも見られたのかと思うと妙に恥ずかしくて、ギュスターヴの肩を小突いた。
「ちょっと見ないでよ」
「なんでだよ」
そう笑いながらギュスターヴは遠慮なく大きく開いた口で自分のわたあめを食べる。あっという間に消えていく彼のわたあめを横目にしながら、私はふわりと消えていく甘さを堪能するように少しずつ味わった。
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普段は下ろしている髪を完全に結い上げているだけでも違うのに、異世界の服を着るレスリーはなんだか別人みたいで変に緊張する。それにしても『浴衣』っていうやつは些か無防備すぎないかと心配にもなる。
俺も『浴衣』を着ていたが、歩き方に気をつけなければすぐ着崩れるので正直動きにくい。それでも彼女と並ぶなら祭りの『正装』とやらをするべきかと思ってしばらく我慢する。
夏祭りという非日常な風景も相まって、どこかふわふわとした心地だ。
レスリーはといえば、立ち止まって一点をじっと食い入るように見つめている。その先には今の心地と似たようなふわふわとした菓子(とそれを作っている店主の姿)がある。
「レスリー?」
声を掛けると彼女がこちらを向く。夜店の明かりをうつした瞳はそれだけが理由ではなく輝いているように見えた。
「これ、食べられるんだろう? 熱心にじっと見つめて、そんなに腹が減っているのか?」
「もう、違うわよ」
店を指さしながら揶揄うと、彼女は予想通り頬を膨らませる。冗談だよ、わかってるって。注意を引きたくなるのは昔から変わらないんだ。今は自覚してるだけマシってところか。
「わたあめ、か? これが気になるのか」
彼女が頷くのを見てとると、俺は店の正面に向かって、わたあめを二つ注文した。
バンガードに来て気づいたことがある。レスリーはよく『いつもと違うもの』や『新しいもの』を選ぶ。好奇心が強いのだ。俺のことはため息つきで愚痴のように言うくせに、レスリーも大概だと思う。
買ったわたあめを一つ彼女に手渡し、俺は自分のわたあめをつついてみる。見た目がふわふわの雲のようだが、ちぎってみると糸を引っ張るような感じだ。空の雲もこんな具合なのだろうか。口に放り込むとあっという間にとける。
「うん、甘いな」
熱に弱いのか、指の上でもとけたみたいだ。
「指がべたべたするな。これは直接かじった方が良いのか?」
ねばついた指を舌で舐めとる。また行儀が悪いとか言われるかと思ったが、レスリーは自分の手に持ったわたあめを真剣に見ている。これを上品に食べるっていうのも難しいだろう。どこから食べるか悩んだあげくやっと決めたのか、彼女は小さい口を大きく開けてぱくりとかぶりついた。その様子がおかしくて、そして可愛くて思わず顔がにやけてしまう。
「ちょっと見ないでよ」
「なんでだよ」
見ていることに気づかれて肩を小突かれる。笑いながらも自分の分のわたあめを食べることにした。甘くて美味しい。でもきっとこれを食べた後の彼女の唇はさらに甘くて美味しいことだろう。
First Written : 2024/09/15