ミヤコ市の夏祭りに参加するアメイヤ達とつなリタ。
ミヤコ市の夏は夜でもそこそこ暑い。
昼間の熱が抜けきらない地面にロロは辟易しながらも、日中の火傷を負いそうな灼熱よりはマシだと思うことにする。本音をいえば、エアコンのきいたゆめはの部屋で寝転んでゆっくりしたいところだが、今日は皆総出で夏祭りに出かけていた。
「お祭りパーティー! ひゃっほー!」
道沿いに飾られた色とりどりの灯りに負けないくらい華やかな浴衣をまとったコピーがおよそ女神らしからぬ様子ではしゃぐ。(実際のところコピーであるから女神ではないし、元となったヴァッハ神も女神だとロロは認めていない)
「ミヤコ市の祭りってほんと面白いわね、ロロ。プールクーラでもこういうのやらないかなぁ」
アメイヤもコピーに負けず、はしゃいでいる。今日の彼女は普段のミヤコ市での仮の姿——泉ゆめはではなく、魔女アメイヤの姿のまま祭りを堪能している。帽子や杖を持たず、髪もひとまとめにして浴衣を着ているのでパッと見では魔女に見えるはずがない。そう高を括っているアメイヤが心配でロロもこうして同行しているのである。
もちろんそうなると従士も一緒だ。見るからに暑苦しいスーツは脱いで周りに『溶け込むように』浴衣を着ているが、顔立ちもあって何かと目立つ加藤だ。普段ゆめはと一緒にいる彼がアメイヤの近くにいる——それだけで泉ゆめはの正体を勘ぐる者はよっぽどかもしれないが、それでも小学校の知人と出くわさないかロロは気が気でない。試験の最中、ただの遊びでのトラブルで道具を使ったとあれば、アメイヤの評価にも影響しかねない。
それに加えて、ボウ。アメイヤが彼も連れていくといった時はロロも反対したが、
「みんな、お面だと思うから大丈夫だって」
と軽く流されてしまった。
(全くアメイヤの楽観的なところは長所でもあり、短所でもあるな……)
ボウこそ、蓮や健太郎に見つかればと思うと頭が痛い。ため息をついたロロが首を巡らしたところ、まさにその彼が忽然と姿を消していることに気づく。
「おい、あいつはどこいった?!」
「あいつって? あ、ボウのこと?」
アメイヤはことの重大さに気づく素振りもなく、のんびりと出店の並びを見渡す。
「あそこじゃない?」
彼女が指さしたのは、人混みから少し離れたところ、屋台が連なる道筋から離れた木陰だった。そこにはボウと、彼に似た出で立ちの者が数人いた。ボウが黄色を基調としているところ、彼らは青や赤の布を纏っていた。
「ボウもお仲間いたんだね! ん? 何か見てるな……ってあれは!」
アメイヤはぐっと精一杯の背伸びをしてボウ達の視線を辿ると、飛び跳ねるようにして驚きの声をあげた。
(アメイヤの手から落ちた団扇を加藤がサッと受け取った)
「リタじゃない! なんでミヤコ市にいるんだろう」
「アメイヤ、よく見ろ」
今にもリタの名を大声で呼んで駆け寄りそうなアメイヤをロロは彼女の肩に飛び乗って止めた。
確かにアメイヤが見る先に青の魔女リタがいた。アメイヤと同じく、ミヤコ市らしい装いに身を包んでいる彼女の傍に一人の青年が近づく。リタは彼の手からリンゴ飴を受け取ると、二人は並んで祭りの中心地へと進んでいく。
「えぇ、リタったらいつの間に?」
アメイヤがぷくぅと頬を膨らませた。
「いいなぁ、お祭りデート」
「そういうなら泉ゆめはとして来たらよかったんじゃないか、蓮って子を誘って」
「ねぇロロ、それってどういう意味?」
さぁね、とロロは笑って彼女の肩から飛び降りた。それがわからないようならアメイヤはまだまだデートには早いということだ。『そういう面』でも成長してもらわないと困るのだが、今は卒業試験の最中だ。あれもこれもは難しいだろう。
「だって小学生の姿だと最大限に楽しめないじゃない? 保護者はいますかーって聞かれたり、遅くまでいたら怒られたりとか」
加藤忍が付き添ってるから、実質保護者同伴と変わらない。それに、大人の姿をしてもこうやって使い魔が見張っていないと何をしでかすかわからないのだから結局同じじゃないか、とロロは思ったが黙っていることにした。アメイヤに臍を曲げられたら後々面倒だ。
「ほら射的だって! 行ってみよう、ロロ」
「また遊ぶのか? もう景品は沢山もらっただろう」
荷物持ちになっている加藤の腕は既にゲームの景品や屋台の売り物でいっぱいだ。輪投げであてた大きなぬいぐるみ、掬ったスーパーボールやヨーヨー、女の子のキャラクターの絵が描かれたビニール袋に入ったわたあめ——
「でも射的はやってないからやるの」
「はいはい、アメイヤは一回決めるときかないからな。今度は魔法でズルするなよ」
「してませーん。失礼ね。知ってるでしょ、私こういうのとっても運がいいんだから」
ほんとうにね、とロロはひとりごちる。
「ほら行くよー」
「はい、アメイヤ様。どこまでもお付き合いします!」
「私も遊んじゃうよ〜」
魔女も従士もあの調子ならばまだまだ夜は長いだろう。せいぜい悪目立ちしないよう祈りながら、ロロはアメイヤの後を追った。
リタ・キャリクスは屋台の列から少し離れたところで一人待っていた。
祭りの喧騒は嫌いじゃない。元来魔女は派手好きだ。見たことの無い食べ物や、催し。流れる聞き覚えのない音楽。どれもが新鮮で面白い。
(もう少し歩きやすければいいんだけど)
イーストアイランド特有の服装という浴衣を着てみたはいいが、今ひとつ動きにくくてかなわない。歩く度カランコロンと鳴る下駄は耳には心地よいが、気を抜くと転けそうになる。人通りが多くて危ないから、と彼は彼女を置いて一人で行ってしまった。
彼の故郷、ミヤコ市。ずっと見てみたかった場所に来れてリタは概ね満足だ。多少の不自由も飲み込める。
アメイヤも魔女試験の為にミヤコ市に滞在しているはずだがまだ彼女には出会えていない。白の魔女アメイヤはこの世界では確か小学生の姿をしている。祭りにも来ているだろうか。来ていたとしてもこの人混みではすれ違うのも困難だ。行き交う色とりどりの浴衣を眺めていても見つける自信は無かった。
「おまたせ、リタ」
御堂綱紀が戻ってきた。両手に持ったリンゴ飴とイチゴ飴を彼女に見せると、どっちがいい? と目で訊ねてくる。ありがとう、とリタはつやつやとしたリンゴ飴を受け取った。
「なんだかとても見られてる気がして落ち着かないんだけど」
「リタが美人やから仕方ないんやない」
「君って人は相変わずなんだから。そういうことじゃなくて」
事実やのに、と綱紀は笑う。リタが目配せをすると、彼は人混みから離れたところにいるクグツ達に視線を向けた。提灯で明るく照らされている本通りと違って影になっている箇所のため、道行く人々は誰も彼らに気を留めていない。しかし、リタからしたら連れの保護者が総出でついてきているかのような感覚だ。
「まぁ、気にせんといて。ムサシ達もお祭りを楽しめたらええんやけど、難しいからなぁ」
なんかお土産でも買うていくかなぁ、と綱紀はぐるりと周りの店を眺めた。
マイペースな彼に、リタは仕方ないかと肩を竦めた。綱紀にとってはこれが日常なのかもしれない。クグツ達に保護者意識があるかはわからないが、綱紀がしっかりしてそうでどこかほっとけないのはリタもなんとなくわかる。
「あっちの広場の方も行ってみよか。盆踊りが見れるんや」
「盆踊り? 君も踊るの?」
「踊れんこともないけど」
「ふーん?」
「多分リタが思ってるようなダンスちゃうで」
「そうなの? で、その手は何?」
「歩きにくいやろ思て」
リタは綱紀の顔を見た。彼の頬は照れた様子を見せない。それとも彼が差し出した手の反対側に持つイチゴ飴が赤すぎるのだろうか。
誘うように向けられた手のひらにリタが手を重ねると、綱紀はするりと指を絡めてきた。手を繋いだままリタ達は祭りの中心地へと歩いていく。
リンゴ飴はパリパリと音をたてて舌の上で甘くとろけた。
First Written : 2024/09/15