血の気が引くというのはこういうことを言うのだと、ラベールは思った。赤みを失ったウィルの顔は瞳だけが強く燃えているかのようだった。爛々と輝くような光ではない、深く昏い、闇のような炎。
いつものように、「おかえりなさい」というはずだった。帰宅した彼は言葉もなく荷物をまとめだした。彼女が何事かと訊ねても、行かなければいかない、とうわ言のように呟くばかりだった。
自分が何かをしてしまったのだろうか、泣きそうな気持ちで縋りつけば、そうではないと言われる。ただ、行かなければいけないのだ、とまた繰り返し発する。
放っておけるわけなどなかった。ついていくと口にした時、ウィルが今まで見たことがないような険しい顔をした。怒りではない。怯え、苦悩。そういった感情が渦巻いた何か。
思わずびくりと肩を震わせると、彼が気がついて頬をわずかに緩ませる。しかし、目は笑みの形には細められない。静かに暗く燃えたままだ。
ラベールを椅子に座らせ、彼も向かいあうように座った。苦しげに歪んた眉を見つめていると、彼はゆっくりと落ち着いた声で語り出した。
昔、ある仲間がいたこと。ディガーとして独り立ちした時からパーティーを組むようになったこと。その彼女が、役に立ちたいと意気込んでいたこと。彼がそれを許してしまったこと。
——彼女が辿った末路。
彼が追う呪われたクヴェル。
一つ一つ重みを持った言葉がラベールの心に沈んでいく。耳にするだけでも胸を刺す出来事の数々を、当事者として経験したウィルの傷の深さはいかばかりか。そんなことを思うと目に熱がたまっていく。震えそうになる唇に力を入れて耐え、彼の話を最後まで聴く。
だから——とウィルは言葉を切る。あとは、理解して欲しいという眼差しを向けるのみ。
「……わかったわ」
ラベールは頷いた。
「そのかわり、約束して。必ず帰ってくる、って」
そんな言葉に意味などないのはわかっていた。そんな気休めは言えない、と拒否されるかもしれない、とも。でもきっと、彼女が知るウィルは。
「約束するよ」
きっと真面目で誠実な彼は、約束があることで最後まで足掻いてくれるはず。だから彼女も信じることにした。ウィリアム・ナイツの帰りを信じて待つことに決めたのだ。
First Written : 2023/08/08