愛着

ノースゲートからワイドに知らせを送るプルミエールとそれを目撃するロベルトのお話。

 


 

 ノースゲートの船着場に、一隻の船が停泊していた。桟橋には、数人の乗客と積荷を運ぶ者達が往来している。プルミエールは、ワイドが寄港先の一つとなっているその船の乗組員に向かって小さな布袋を差し出した。
「タイクーン・ウィルと言えばわかるそうだから」
 受け取った側は袋の紐を緩めて中身をちらと確認すると、頷いて懐にしまう。そのまま男は船へと向かった。プルミエールはその背中をしばし見つめてから村へ戻るために踵を返そうとし、そこでふと立ち止まった。
「……ロベルト」
「よう。ワイドに手紙か?」
 ひょんなことから行動を共にする事になった冒険者の青年に見つかり、プルミエールは唇を引き結ぶ。彼の言葉を否定しない彼女に、ロベルトは眉をあげた。
「あんた、厳しいこと言うかと思えば」
「ジニーには言わないで」
 面白がるロベルトの言葉を遮り、プルミエールは軽く顔を顰めた。彼とはまだ短い付き合いではあるが、ロベルトが軽薄な調子とは裏腹に、人をよく観察していることを彼女は知っていた。彼の視線から逃げるように少し俯き、プルミエールは自分の左腕を抱くように右手を添えた。
「何故教えてやらないんだ?」
「あの子はもうすぐ十五歳よ。まだ子供みたいだけど」
 密航をしたばかりか、乗る船を間違えてノースゲートまで来たヴァージニアに、船代は自分で稼げと突き放したのはプルミエールだ。彼女はジニーのあまりの計画性のなさと能天気な態度に腹が立ったのだ。
 プルミエールが家を出る決意をしたのは丁度ジニーの年頃だった。それは、決して甘くない道のりだと覚悟の上で決めた。一人で生きていく為にはどうしたらいいか自ら考え、それでも数え切れないほど苦労をしてきた。それ故にジニーの見通しの甘さが許せなかった。
「なぁ」
 ロベルトが自分の髪に手をやりながら肩を竦めた。
「あんた言ってることとやってることが矛盾してないか?」
 大人だと言う割には、こうして彼女の為に船員に金を渡してまでワイドにいる家族に知らせを送る。プルミエールの言い分だと、それはジニーが自分でするべき事だろう。
「そうね……そうかもしれないわね」
 プルミエールはポツリと呟いた。
 確かに自分でもよく分からなかった。ジニーの未熟さには苛立ちを覚える。けれど、ジニーはきっとそれを許される環境にいたのだ。祖父に愛され、母に愛され、全くの他人であるロベルトのような人が思わず目をかけてしまうような、彼女の人懐っこさ。
 もしかしたらそれは嫉妬だったのかもしれない。あるいは、同時にそんな彼女に強く惹かれている自分を誤魔化す為の言い訳だったのか。
「あんた、意外と優しいんだな」
「……」
 それを肯定するような感情も性格の可愛さも持ち合わせていないプルミエールはただ押し黙るしかなかった。それを照れ隠しだと、都合よく解釈したロベルトがニヤニヤと笑うのを無視するように、プルミエールは急ぎ足で桟橋を後にした。

「あ。プルミエール、おっかえり〜!」
 宿酒場の扉を開けば、聞こえてくる明るい声に、プルミエールはただ心の中で苦笑いを浮かべるのだった。どうしたって憎めないっていうのもひとつの才能なのかもしれない。

 


First Written : 2021/12/26ヴァっp