ヴァンアーブルがギュスターヴの従者になって間もない頃。レスリーが彼をお茶に誘う。
窓際で人知れずため息をつく少年がいた。
「ヴァン?」
声をかけるとその背中がビクッと震えて、レスリーは思わずくすりと笑ってしまった口元を隠した。
「レスリーさん……」
「驚かせてしまってごめんなさいね」
「いえ…」
ヴァンアーブルは振り返ると、伺うような上目遣いでレスリーを見つめた。弱冠十二歳でギュスターヴの従者となった彼は、まだまだ少年らしい可愛らしさがあって、レスリーにはとても微笑ましかった。シルマール先生の弟子である彼は、何故こんなところに自分がいるのかまだわからず戸惑っているようだった。ギュスターヴとの距離感もまだ掴めていないみたいで、そばに控える時もおっかなびっくりしている様子が気の毒に思えてくるぐらいだ。
「少しお茶でもしない? ちょうど美味しいお菓子が手に入ったの」
見知らぬ土地で一人残され、さぞかし不安なことだろう。レスリーもこの若い従者の緊張が少しでも解けたらいいのに、と思いつきで誘ってみた。ヴァンアーブルは少し逡巡したようだが、断る理由も特になく、おずおずと頷いた。
「少しは慣れてきたかしら?」
ヴァンアーブルは目の前のカップに注がれる紅茶をじっと見つめていたところ、問いかけられてはっと顔をあげて苦笑する。
「ほんの少しですけど…」
遠慮気味に答える少年にレスリーは微笑む。
「無理をしなくていいのよ。嫌だったらシルマール先生にそう伝えればいいのだし…」
「いえ、先生にはお考えがあってのことだと思いますし。それに」
先生は厳しくて、と小声で付け足され、レスリーはふふっと笑った。彼女は直接彼に師事したことはないが、とても柔らかな物腰とは裏腹に、指導する時は背筋が自然と伸びるような威厳があることは聞き及んでいた。
ヴァンは入れてもらったミルクティーを一口いただく。その温かさにほっとした気持ちになった。彼は、レスリーがギュスターヴ公の幼なじみであるという話を思い出して、心に浮かんだ疑問を口にした。
「ギュスターヴ様って、どういったお方なんでしょう」
「そうね……」
自分のカップの紅茶にミルクを入れてかき混ぜながら、レスリーは少し考えこむ。
「ギュスターヴ陛下は…、よく知らない人からは恐れられているけど、実際のところ誰にでも気さくに話しかけて、逆に距離をとられると拗ねるわね。それで親しい人にはよく悪戯をして怒られたりしてるわ。縛られるのが嫌いでいつも自由でいたいの。それで公務をさぼってどこかふらっと出かけてはまた怒られたり。負けず嫌いで、幼稚なところがあって勝負にはどんな手をつかってでも勝ちたがるわね。それに…」
ヴァンはレスリーの口から次から次へと続くギュスターヴの雑言とも言える話に思わず吹き出した。
「聞いていると、僕とあまり歳が変わらない人みたいですね。あっ…」
ヴァンは自分の失言に気づき慌てて手で口をおさえたが、レスリーは可笑しそうに笑っただけだった。
「そうなのよ。ほんとに子供なの。だからね、そんなに気負わなくていいのよ」
レスリーの優しい眼差しにヴァンは察した。悪口ばかりのように聞こえる言葉に彼女の並々ならぬ愛情を感じる。きっとギュスターヴ公もそのように想われるのに値する人物なんだろう。
「だから、陛下も友達のように話しかけた方がきっと喜ぶわ」
「それはさすがに恐れ多いですよ」
ヴァンとレスリーはお互いふふっと笑いあった。レスリーはヴァンの肩の力が少し抜けたのを感じ、また次のお茶会の約束をするのであった。
First Written : 2021/05/12