小さな明かり

1239年、「病床の母」より少し前の話。
レスリーは泊まり込みで看病してたのかなという妄想から発展したギュスレスです。


 (随分遅くなってしまったわね)
 ソフィーが住む屋敷から出たレスリーは空を見上げた。夕陽が最後の光を放ち、空はすっかり赤紫色に染まっている。あたりを歩いてる人影も少なくなっている。
 ソフィーが体調を崩したことでレスリーはここのところ毎日彼女の元へ通っていた。今日はソフィーの顔色もよく、つい長話をしてしまった。早くヤーデ伯の屋敷に帰らなければ完全に日が落ちてしまう。レスリーは足早に歩き出した。
 急いだのも虚しく、道半ばであたりはすっかり闇に包まれてしまった。ところどころに灯る家の明かりを頼りにレスリーは進む。都合の悪いことに今日は月も出ていない。トマス卿の屋敷がある丘に近づくにつれ、その道標も随分少なくなってしまい、レスリーは少し身震いをした。肩にかけたショールを胸の前でかきあわせる。道のりは果てしなく遠く感じた。
 背後から草を踏みしめる音が近づき彼女の肩に何かが触れた時、レスリーは悲鳴をあげた。
「わっ…!! ってそんなに驚くなよ」
 彼女が恐る恐る振り返ると、そこにいたのはギュスターヴだった。彼女を追いかけてきたらしい。
「ギュスなのね……びっくりした」
 レスリーは飛び跳ねた胸をなでおろす。見ると彼は片手にランタンを持っていたが、それには火がついてなかった。
「どうしてつけてないの?」
「急いだらつけ忘れたんだよ」
 ランタンには火付け用のツールがついていたはずだが、アニマがないギュスターヴにはそれを使うことはできなかった。
「かしてみて」
 レスリーはギュスターヴからランタンを受け取ると、ツールに触れてアニマをこめて火をつける。ギュスターヴはじっとそれを眺めていた。暖かい光が二人の間に灯ると、レスリーはひと心地ついた気持ちになった。しばしその光に見入ってしまう。
「……行くか」
 ギュスターヴがランタンを受け取ると、前を照らして歩き出す。レスリーもその小さな光に遅れないように、そっと身を寄せるように彼の隣を歩いた。

 ヤーデ伯の屋敷につくと、門を少し入ったところにケルヴィンがいた。彼は使用人と話しているところだったが、二人の姿に気づいてほっとした顔を見せる。
「レスリー! よかった。迎えをやろうとしていたとこだったんだ」
「遅いぞ、ケルヴィン」
「こんな時間になってしまって、ごめんなさい」
 ギュスターヴが悪態をつき、レスリーが慌てて顔を伏せて謝った。
「いや、無事で何よりだ」
「じゃあ、俺は帰る」
 ギュスターヴが素っ気なく言い、踵を返そうとするのでケルヴィンが止める。
「ちょっと待て。送らせよう」
「いいって」
「それではソフィー様に申し訳がたたん。いいから待っていろ」
 そういって、ケルヴィンは誰かを呼びに屋敷内に入っていた。ギュスターヴは不満そうながら、大人しく待つつもりのようだった。
「ありがとう」
 レスリーはギュスターヴに向き直ると礼を言う。見知った道でも暗闇の中ではとても心細かった。彼がきてくれてどれだけ安心しただろう。
「……母上に言われただけだ」
 そっぽを向いた彼の表情はレスリーには見えなかった。でも、と彼女は思う。本当にソフィーに言われたのならば、彼女はランタンに火をつけることも忘れないだろう。ソフィーはそういう人であった。
「おやすみなさい、ギュス」
「ああ、おやすみ、レスリー」
 ケルヴィンが使用人と戻ってきたところでレスリーは彼に手を振り、屋敷の中に入っていった。

 ソフィー達の屋敷にしばらく住むかとケルヴィンに打診されたのはその数日後だった。
「でも迷惑じゃないかしら?」
 レスリーが戸惑いながらたずねると、ケルヴィンは後ろをちらっと一瞥すると、悪戯っぽそうに笑った。
「ギュスターヴのやつがそうしろと言ってるんだ。心配なんだろ」
 すぐ近くでギュスターヴが飲んでいた紅茶にむせて激しく咳き込んだ。

 


First Written : 2021/05/19