乱された感覚

ヨハンとヴァンアーブルの短いお話。

 


 

「周囲のアニマと同化する、か。言葉できくとわかる気がするけど、なんだかいまいちピンと来ないかも」
 僕にもできるのかなぁ、と呟きながらヴァンはヨハンの身体の様子を確認する。
 ハンの廃墟の近くでギュスターヴと一緒に彼を見つけて以来、ヴァンはヨハンの体調管理をかってでており、毎日彼の容態を見に来る。初めはそれをどこか疎ましく思っていたヨハンだったが、暗殺者である彼に怖気付く様子もなく、懐に入り込むように語りかけてくるこのお人好しな少年の存在にもだいぶ慣れてきた。言葉数は相変わらず少ないものの、尋ねればぽつりぽつりと自分のことを語り始めたヨハンにヴァンも内心喜んでいた。
「実感したいのか?」
 ヨハンの言葉にヴァンは彼を見上げる。訝しげにヨハンの顔をじっと見つめていると、不意に空気が揺らいだような気がした。
 背筋を冷たいものがつたう。
 気づいたらヴァンはヨハンの腕を掴んでいた。触れたヨハンの手は温かく確かな質量をもっていて、先程感じた透き通るような感覚はなかった。ほっと安堵した瞬間、ハッと気がついてヴァンは慌てて手を離す。彼を凝視するヨハンの視線が急に恥ずかしくなった。
「あ! そういうことなんだね! ごめん、びっくりしちゃって」
 ヴァンは何故か速くなってしまった鼓動をおさえるように胸に手をあてた。
 ――消えていなくなる感じがした……
 ヨハンは『アニマを同化させる』ということを実際に目の前でやってみせたのだ。視覚では彼をとらえていたはずなのに急激に存在感が消え、アニマ感知の感覚が狂い、まだくらくらと目眩をおこしたみたいだった。 
「いや……」
 ヨハンは耳まで赤くなったヴァンから視線を外し、掴まれた腕に目を落とす。ヴァンが思いのほか強い力で握ってきたので彼も驚いていた。
「……すまない」
「いや、ヨハンが謝ることないってば!」
「……」
 目を瞑ったヨハンは、耳に響く鼓動の乱れに、自分もまた動揺していたことを知る。
 ――そんな泣きそうな顔になるとは思ってなかった
 必死な顔で手を握ってきたヴァンの顔がしばらく脳裏から離れなかった。


First Written : 2021/07/30