少女の夢

ギュスターヴとレスリーと幼いチャールズのお話。


 

 少年はどんな夢を見ているのだろう。それが幸せな夢であればいい、とレスリーは膝の上で眠る子供の背を優しく撫でた。
 
 レスリーは、ケルヴィンの息子チャールズと城の中庭にいた。一通り散策をし、ベンチに並んで座って他愛もない話をしているうちに、チャールズがレスリーの傍らでうつらうつらとし始めた。初めは懸命に堪えていたようだったがいつしか会話は途切れ、少年は眠りの世界へと旅立った。がくりと身体が傾いで落ちそうになるのを受け止めたところ、そのまま彼女の膝を枕にしてすやすやと安らかな寝息をたてている。
 チャールズはもうすぐで五歳になる。小さいながらも自分の立場を弁え、しっかりと物事を捉えて喋るようになったが、まだあどけない。丸まるように手を顔に寄せて眠る彼はさらに幼く見えた。
 彼の母親であるマリーは身ごもっていた。チャールズは母の負担を慮り、妹のフランソワの面倒を良く見ていたが、どこか無理をしている様子なのを心配したケルヴィンが気晴らしにハン・ノヴァに一緒に連れてきていた。とはいえ、ケルヴィンにもやるべきことはあり、四六時中傍にいるわけにもいかない。生まれた頃からよく知っているレスリーが遊び相手になることも多かった。
「ん? 寝ているのか?」
 ふと声が頭上から降ってきてレスリーは顔をあげた。ここの城主であるギュスターヴが彼女達を見下ろすように立っていた。
「ええ。お疲れのようで」
 ふふっと笑ってレスリーが答える。
「そうか。せっかくなら遊んでやろうと思ったが」
 つまらんと、ギュスターヴは嘆息する。これではどちらが遊びたいのかわからない、とレスリーは口元をゆるませた。彼女は首をめぐらせてあたりを見渡したが、父親が迎えに来たわけではないようだ。
「ケルヴィンは?」
「まだムートンに用事があるようだ。じきに戻るだろう」
 ギュスターヴは二人の前にしゃがみこむと、チャールズのふにふにとやわらかそうなほっぺたをひかえめにツンとつついた。
「レスリーの膝は気持ちがよかろう」
「もうっ、なにを言ってるの」
 言外の意味にレスリーの頬に朱がさす。幸い、彼ら以外の人影はなかったので、彼女も言葉を崩していた。
「部屋に運ぼう」
 そう言うとギュスターヴは甥の身体の下に手を差し入れ、ぐっと抱きかかえた。くるりと回ってヤーデ伯家の為に用意された部屋へとゆっくり向かう。レスリーも立ち上がって後に続いた。

 ギュスターヴがチャールズを寝台へと運ぶ。下ろされたチャールズは小さく身動ぎしたが、まだ起きる気配はなかった。
 レスリーがブランケットをひろげて少年の上に掛けた。チャールズの顔にかかった前髪をそっと払ってあげて、彼女はくすっと笑う。
「どうした?」
「可愛らしいな、と思って。もうそんなこと面と向かって言ったら怒られちゃうんでしょうけど」
 普段精一杯背伸びをしているチャールズのいとけなさに、レスリーが愛おしそうに目を細めた。
「無理をさせているか?」
 ぽつりと呟いたギュスターヴをレスリーが仰ぎみた。
「チャールズ様のこと?」
「いや、そうではなくてだな」
 歯切れの悪いギュスターヴに、レスリーは首を傾げた。彼のどこか後ろめたい顔を見て、何を思っているかを察すると吐息をもらした。
「一体なんの話かしら?」
 それでも何も気づかなかったように振る舞うレスリーに、ギュスターヴは眉を下げる。
 心を通わせても、はっきりと言葉にできる関係を築けない。そのことについて、内心はいざ知らず、彼女から何かを求められたことはなかった。
「……俺は君に甘えてばかりだな」
「今更でしょう?」
 レスリーは立ち上がってギュスターヴと向き合った。少年の頃から見てきた彼は、レスリーが見上げないともう目線が合わなくなってしまったが、強がることにおいては四歳のチャールズにも負けていない。可愛らしいと言えば、それこそ眉を顰められるだろうけど。
「あなたがそうして甘えてくれる、それが私の喜び。……それ以上何もいらないわ」
 ふわりと微笑むレスリーにギュスターヴは頬をゆるませた。躊躇いがちに彼の腕がレスリーの背に回される。
「……ありがとう」
 空気を僅かに震わせるぐらいの声は、確かに彼女の耳にも届いた。

 


First Written : 2021/11/10