お酒の効果

ハン・ノヴァ時代。
ギュスターヴがまた街に飲みに行って…というお話。


 

「ねぇ、ギュス様見かけた?」
 ハン・ノヴァの城で、ヤーデ伯家の為の部屋を訪れたフリンがケルヴィンに尋ねた。食後の紅茶を片付けていたレスリーが顔をあげる。
「見ていないが?」
「今日はヴァンとなんとか、って言ってた気がするけど」
 二人が口々に答えると、そうだよねぇ、とフリンは首を捻る。
「ヴァンも部屋にはいないみたいなんだよね」
 外はもう暗く、夕食の時間はとうに過ぎている。ケルヴィンもレスリーもそろそろ寝支度をする頃だった。にもかかわらず、ギュスターヴはともかく、ヴァンが部屋にいないとなると——
「なんだか嫌な予感がするから、ボク迎えにいってくるね」
 フリンが苦笑いを浮かべる。
「一人で大丈夫か?」
「うーん、多分ヨハンも一緒だと思うし、大丈夫じゃないかな? 駄目そうなら戻ってくるよ」
 フリンが部屋を出ていくと、ケルヴィンとレスリーは顔を見合わせて、頷きあった。
 
 
「全くお前は」
「あぁ、ケルヴィン、出迎えご苦労!」
 何がご苦労だ、とケルヴィンが眉を顰める。フリンの肩に腕を回したギュスターヴは、けたけたと笑うばかりだ。
 街の宿酒場でフリンはギュスターヴ達を見つけた。お忍びといえど何かと目立つ領主の為に店長が気を利かせたのか、店の奥まったところに三人はいた。
 テーブルに突っ伏すようにしてへにゃりと笑いながら目を閉じているヴァンアーブル、ケラケラと笑いながら杯を掲げるギュスターヴ、そしてフリンを見て恐縮したように身を竦めるヨハン。
 眠ってしまったヴァンをヨハンに任せ、ふらふらになっているギュスターヴに肩をかしながら、フリンは城に帰ってきた。
「本当に、仕方のない人ね」
 レスリーが、フリン達の為にギュスターヴの居室の扉を大きく開ける。よろよろと歩くギュスターヴが部屋に戻り、ケルヴィンとレスリーが後に続こうとすると、ふと廊下からヨハンが歩いてくるのが見えて二人は足を止めた。
「ヨハン。ヴァンは大丈夫だった?」
「はい。すっかり熟睡していました」
 酒場からヴァンを背に負ぶったヨハンは、彼を部屋まで送っていた。近づいてきたヨハンが気落ちした様子なのにレスリーは首を傾げる。
「申し訳ありません。私がきちんと止めるべきでした」
 ヨハンは、主人が街中で前後不覚になるまで飲んだことに関して責任を感じているようだった。肩を落として目を伏せる彼に、レスリーはケルヴィンをちらりと見やる。彼女と視線を合わせたケルヴィンは、ふっと笑ってまたヨハンを見た。
「気にするな、あれはわざとだ」
「わざと?」
 予想外の反応にヨハンは顔をあげる。レスリーも口元に手をあててふふっと笑う。
「本当はそんなに酔ってないのよ。歩こうと思えばしっかり歩けるの」
 なおも戸惑った表情を見せるヨハンに、彼女は小さく続ける。
「ああして、甘えてるのよ。だから気にしないで」
「全く面倒な奴だろう?」
 ケルヴィンは部屋の方を見やる。ソファーに座らされたギュスターヴがどこからかまたグラスやボトルを持ち出してローテーブルに並べていた。フリンがその横に座り、彼を窘めながらもグラスを手に取る。
「まぁ、本当に奴が酔い潰れたとして、お前が責任を感じる必要は一切ないのだが」
 ケルヴィンが付け足すと、ギュスターヴの大声が扉の外まで響く。
「お〜い、ケルヴィン! ケルヴィンはどこだー?」
 やれやれとケルヴィンは肩を竦めると、それでは少し付き合ってやるか、と小さく零してから部屋に入っていく。その顔は言葉とは裏腹に少し楽しそうだった。
「寂しくなるとたまにあんな感じになるのよね」
 レスリーはケルヴィンを見送りながら、困ったように微笑んだ。
「寂しい……?」
 常に人の中心にいる覇王が寂しいとはどういうことか、とヨハンは内心首を傾げる。ましてや、独りで行動する生活が当たり前だったヨハンにとって、それは理解し難い感情でどうにも腑に落ちない。
「よくわからないかしら? でも……きっとそのうちあなたにもわかるわ」
 ヨハンは静かに頷いた。レスリーの優しく響く声は不思議な説得力をもって染み入ってくるようだった。
「ヨハーン! そこにいるのか〜?」
 また大きな声がして、レスリーは、部屋の中とヨハンを交互に見た。
「あなたも一緒にどう? もう充分付き合っただろうから、無理にとは言わないけど」
「ヨハーンっ!」
 室内では、ふらふらと立ち上がろうとするギュスターヴをケルヴィンとフリンが押しとどめていた。レスリーはその様子に眉を下げた。
「どうもあなたのことをとても気に入ってるみたい」
「私を、ですか?」
 自覚のないヨハンがそれでもほんのりと頬を紅潮させたのを見て、レスリーはくすりと笑った。満更でもない様子のヨハンを手招いて促すと、彼女はヨハンが入室した部屋の扉を内側から閉めた。
 ギュスターヴの部屋からは夜が更けきるまで楽しい話し声が絶えなかった。


First Written : 2022/01/19