度し難い 〜扉の向こう側〜

サガフロ2のほんのりヨハヴァンのお話。

 


 

 人気の無い廊下を音を立てることなく歩く彼のあとにパタパタと続く足音がきこえる。自分より幾分小柄な人物が後をついてきてることを音で確認しながら、ヨハンは、さてどうしたものかと考えを巡らせていた。書庫から引き離したのはいいが、追及は免れないだろう。
「ねぇ! ヨハンってば!」
 案の定、彼が階段の手前で立ち止まったところで追いついてきたヴァンアーブルが不満気な声を出した。
「なんでこんなとこまで来たの?」
「……ギュスターヴ様が昼寝中だった」
 階下に人の気配がないことを感じ取ると、ヨハンはヴァンに短く答えた。とりあえず事実であることには違いない。『だった』というところを含めて。
 ヴァンは眉間に皺を寄せて口を尖らせる。
「やっぱり一緒だったんだ。そうじゃないかと思ったよ。それならそうと言ってくれたら静かに用事だけ済ませてきたのに」
 ヨハンはギュスターヴの護衛をしているのだから、自ずと彼のそばにいることが多かった。それは想定内なのだが、わざわざ引き離される理由に納得がいかないヴァンは食いさがる。
 しかし、ヨハンとて入室を許す訳にはいかない事情があった。
「今は駄目だ」
「起こさないようにするぐらいできるよ。そりゃ、ヨハン程は足音消すの上手くないけど」
「いや、だが……」
 ヨハンは彼を納得させる言葉がすぐに思いつかず、内心冷や汗をかいた。今ヴァンに書庫に入っていかれるのは極めて不味い。あそこには彼の主君の他に、主君の想い人もいるのだ。そして、二人は今頃――
 ヨハンが黙りこくるのを不審そうに見ていたヴァンは、あ、と言って眉を釣り上げた。その声にヨハンがびくりとする。
「さてはまた二人でなんか企んでるんでしょ? 僕を除け者にして!」
 ――何故そのような思考になるのか……?
 驚いたのも束の間、ヨハンが脱力する。心の中でついたつもりだった溜息は生憎と口から漏れてしまっていた。それがヴァンを逆撫でする。
「あ、今バカにしたな?」
「……そういうつもりはない」
「ヨハン!」
 怒ったヴァンの拳を反射的に避けた瞬間、ヨハンはここが階段のすぐ近くだということを思い出した。
「!」
 急に行き場を失ったヴァンの拳が空を切り、彼はバランスを崩す。ヨハンは咄嗟にヴァンの腰を抱えるように受け止めるとなんとか二人共々落下するのを防いだ。
 急に背後から抱き締められたような形になりヴァンの頬が音をたてるようにかぁっと赤くなる。
「ご、ごめん、ありがとう」
「いや……」
 ヨハンはそっと腕をときほどいた。安堵の気持ちよりも、思っていたよりも細い腰になぜだかドキリとしていた。
 途端に気まずくなってしまい、二人の間に流れる沈黙にお互いが狼狽する。いたたまれなくなったヴァンが逃げるのが先だった。
「よ、ヨハンがそこまで言うなら出直すよ。ギュスターヴ様が起きたら呼んで」
 自分の部屋にいるから、とヴァンが階段を駆け降りていく。ヴァンのローブが描く軌跡を階下まで見送った後、ヨハンは深く息を吐いた。平常より速い自分の鼓動の音が耳にうるさかった。

 


First Written : 2021/09/14