レンエミ。
リマスター版ヒューズ編エミリアルートのネタバレを含みます。
一服するために、レンは喧騒から逃れるように少し離れた場所へ移動した。辺りに誰もいないことを確認してポケットから煙草を出し、咥えて火をつける。
クーロンの街並みは誰がいなくとも目に騒がしい。チカチカと光るネオンをぼんやりと見ながら、彼は物思いにふける。
ごく最近の記憶は混濁していて曖昧だった。夢と現の境がはっきりしない状態がどれだけ続いていたのだろう。あの仮面をつけてから――先輩からのプレゼントに呆れて笑い、ほろ酔いであることも相まって顔にあててしまったあの時から、それは始まった。
しかし、とレンは思う。
本当にあれは仮面だけのせいなのか。呪いの仮面の力で身体を操られていたのは確かとして、そこにあった高揚感は本当に紛い物だったと言えるのか。
「……」
真面目なパトロールにジョーカーという狂気の仮面をつけることで感じた背徳感と、隣り合わせにあった浮き立つような解放感は?
――いや、むしろどっちが『仮面』だったのか?
「…! ねぇ、レンってば!」
レンはハッとして現実に引き戻された。
目の前には彼の恋人――いや今となっては奥さんになるのか――のエミリアが怒ったように顔を顰めて覗き込んでいる。その手には彼が咥えていたはずの煙草があった。つい先程火をつけたと思っていたそれは随分と短くなっていた。
「ああ、ごめん」
「どうしたの? もしかして、どこか身体がおかしいとか?」
怒っていた顔が一転して不安気にゆれる。レンは少し笑ってエミリアの手から吸殻を受け取り灰皿に捨てると、彼女の綺麗に結い上げられた髪を撫でた。
「大丈夫。なんともないよ、エミリア」
「そう? ならいいんだけど」
そう、今日は特別な日だった。礼拝堂でささやかな挙式をし、そのまま先輩行きつけのイタ飯屋(それは偶然にもエミリアの活動拠点でもあったのだが)になだれ込んだのだ。レンも首元を緩めているとはいえ、まだタキシード姿であった。そんな日に彼女に不安な顔をさせるものではない。
エミリアの背中に手を回すと彼女も彼の腰に腕を絡めてくる。そっと抱き寄せると甘い香りがした。先程の煙草の匂いがうつりそうで、今日は吸うのを我慢しとくべきだったな、と彼は思った。
「ねぇ、レン」
「うん?」
彼の小さな後悔など知らず、エミリアは微笑んで身体を密着させる。
「わがまま言ってごめんなさい。私、守って欲しいとか、もう思ってないわ。そりゃちょっとは寂しいけど。でも、今度は私がレンを護るから」
「エミリア?」
思いがけない言葉にレンは目を丸くする。エミリアは彼を上目遣いで見上げてニコリと笑うと、少し身体を離して続けた。
「なんならあなたと一緒にパトロールだってできるんじゃない?」
エミリアは笑いながら力こぶをつくってみせた。その愛らしさにレンは思わず釣られて破顔する。
喜怒哀楽を素直に表す彼女のなんと眩しいことか。
エミリアの肩に触れてレンが少し身をかがめようとしたところ、イタ飯屋の扉が開く。
「お〜い、そこのお二人さん!」
と呼ぶ声がしたと思ったら、その後すぐに鈍い音が響き、
「あんたっていう男はほんとデリカシーがないんだから!」
という女性の呆れた声がする。
「……いや、やっぱりなし。あの男と同じ職場で働ける気がしないわ」
背後を振り返ったエミリアは心底嫌そうに眉間に皺を寄せた。彼女はくるっとレンにまた向き直ると、彼の腕をとる。
「レン、戻りましょう?」
「……エミリア」
彼を引っ張る彼女の手を逆に引くようにして止めると、レンはエミリアの頬に触れる。その唇に優しくキスをした。
「ありがとう」
「……? どういたしまして」
彼の感謝の言葉によくわからないとばかりに笑うとエミリアは戸口に向かう。
レンはふーっと息を吐き、空を見上げた。クーロンの街は明るすぎて、星は見えない。でも見えないからと言ってそこに存在しないわけでもない。
どっちが表でどっちが裏かとかはもはやどうでもいいことなのだ。それはただ、そこに在る感情。それを否定することなく認めた上で、どうするかを決めるのは彼自身なのだろう。そして彼は今日決めたはずだ。
――エミリア、僕の光。
ただ、彼女を護る。彼は今日そう誓ったのだし、その誓いは永遠を意味するのだ。