1269年『南の砦で』の後のケルヴィンとレスリーのお話。
炎の中に消えていった者達は帰らない。後に遺ったのは一振りの剣。しかし、その剣を見た者達はみな事実を受け容れざるを得なかった。覇王の――一人の男の、友人の――死を。
「お別れを言いにきたの」
レスリーの告げた言葉はケルヴィンも想定していたものだった。ギュスターヴのそばにいるために祖国を遠く離れてこの地まで来ていた彼女にはもうここに留まる理由もない。ましてや、彼が遺していった国に居ることは彼女の心を抉り続けることになるだろう、と。これからのことに彼女が万が一に巻き込まれないためにも、ハン・ノヴァを離れた方がいいとも思っていた。
「グリューゲルに帰るわ」
帰るというのも不思議な感じね、と彼女は微笑みを浮かべる。それは弱々しいものだったが、己を奮い立たせるための努力が垣間見えてケルヴィンの胸がずきりと痛む。自分もそのような痛々しい顔をしていたりするんだろうか。
「剣は、受け取らなかったんだな」
うん、と彼女は俯く。
「あの剣は、私が持つには重すぎる」
顔にたれかかった髪を払うように耳にかけると彼女は呟いた。
そうか、と彼は返した。
「ヴァンには悪いことをしたかしら」
「いや……それを言えば私も同罪だな」
ギュスターヴが鍛え上げた愛用の鋼の剣、それを受け取るのは何か違う気がした。剣はより相応しい人へ。彼らの願いを受けて今はヴァンアーブルが預かっている。
「ねぇ、ケルヴィン」
レスリーが顔をあげてケルヴィンを見つめる。彼女の双眸が揺れるのを彼は静かに見つめ返す。
「あなたを独りここに残しておくのは心苦しいのだけれど……」
「独りではないさ。チャールズやフィリップもいる。それに、あいつの後始末はいつものことだ」
ケルヴィンは苦笑した。いつもの冗談のように笑えてるかは自信がなかったが、レスリーならわかってくれるだろう。ギュスターヴと一緒にいた時間の長さはとどのつまり彼女ともそれだけ同じ時間を共に過ごしてきたということだ。そこには友という言葉で片付けるにはあまりにも深い絆がある。
レスリーは少しの間言葉に詰まり、ケルヴィンの胸に顔を寄せた。
「元気でいてね、ケルヴィン」
ケルヴィンは彼女をそっと受け止めると今度こそ本当に苦笑いを浮かべた。
「ギュスターヴが怒りそうだな」
「怒ればいいのよ。私達だって、怒ってるんだから……」
「……それもそうだな」
小さく震える彼女の肩を宥めるように擦りながら、ケルヴィンの頬も知らず濡れていた。それでも彼女の前でなら許されるような気がした。
――なぁ、ギュスターヴ。
嫉妬するというなら彼女を置いていくなよ。私達を、置いて逝くな。
「またね、ケルヴィン」
彼女は微笑んで手を振る。
「あぁ、また会おう」
ケルヴィンも笑って手を振り返した。
遠い昔のギュスターヴの声が、フリンの声が、頭に響く。彼らはもうここにはいない。面倒事をいくつも残したまま、はるか遠くへ行ってしまった。
「全く、仕様のないやつらだ」
ケルヴィンは独りごちた。
First Written : 2021/07/03