ロマサガRSの第二部2話〜3話あたりのお話。その頃、レスリーは。
詩を聞き、戦士を解放すると、通常ならばバンガードへそのまま帰還するところだが、一つ問題が残った。——アーニャだ。
扉をいくつか開いてきたモニカ達だったが、戦士の想いの欠片に触れることがあっても最後の解放の瞬間まではその戦士とさえ接触することはなかった。しかし、バースとは直接関係がないと思われるアーニャと出会い、流れでここまでの旅路を共にしてしまった。不思議なことに、戦士の想いの欠片にあわせて周辺の景色や時間がうつり変わってもアーニャは消えることもなく、魔物との戦いでも確かに実体を持って、また事実、戦力となってくれていた。
さてどうしたものか、とモニカ、レスリー、ルージュがお互い顔を見合わせていたところ、リアムが極自然にアーニャを誘い、またアーニャもそれを拒むこともなく首を縦にふった。懸念するべきことはあったものの、扉については未だ不明なことも多く、アーニャがもしバンガードに同行することが可能であれば、という条件で彼女達も承諾することとなった。扉を一緒にくぐり抜けることができたのなら彼女との出会いもまた何かしらの意味があるのではないか、という思いからだった。
バンガードに戻ると、不測の事態があったことを報告する為にモニカ、ルージュとリアムはアーニャを連れてダリアスのもとへ行き、扉から解放された異界の戦士——レッドの案内はレスリーに任された。
「それで、何と呼べばいいのかしら?」
「レッドでいいよ」
小此木烈人。またある時はアルカイザーという名を持つ彼に、レスリーは尋ね、その問いに彼は通称でいいと答えた。突然異世界へと連れてこられた割にレッドは落ち着いていた。命を失いかけた折にいきなりヒーローにされたり、と突飛な出来事には慣れているのかもしれない。
「じゃあ、レッドね。来て、本部の中を案内するわ」
クラヴィス本部——元はとある侯爵が築いたという館は、広大でひとつの城のようだった。異界の戦士を受け入れるのは今回の異変が初めてではないらしく、頼る先も泊まる家もない来訪者が不自由しない程度に設備は整っている。
レスリーは一通り館の中を案内すると、彼女を含めた異界の戦士達が寝泊まりする宿舎を案内し、ついで街を簡単にぐるりと巡っていく。レッドは彼女の言葉に相槌をうち、時折質問も挟んだが、それ程驚いている様子もなかった。ルージュによれば、リージョン界はそもそも異世界の集合体のようなもので、リージョンによって文化や気候、風景といったものが全く違うのだという。サンダイルからバンガードに連れてこられた時は驚きの連続だったレスリーとはだいぶ事情が違うらしい。
「レッドさん!」
街の広場を歩いていた時、男が一人彼女達のところに駆け寄ってきた。感無量といった満面の笑みを浮かべ、彼は真っ直ぐにレッドを見つめる。どうやら異界の戦士ではなく、バンガードの元々の住人らしい。歳は三十半ばぐらいだろうか。
「またあなたに会うことができて光栄です! あなたに命を救っていただいたから、私はこうして今も生きています」
「お、おう。それはよかった」
男はやや上擦った声で捲し立て、レッドに握手を求める。レッドは呆気に取られながらも手を差し出し、曖昧に微笑んだ。
男と別れた後、レッドが眉を寄せてレスリーを見てきた。どういうことだ、と顔に書いてある。無理もないことだ。
「多分、あなたは前にもバンガードに異界の戦士として召喚されたことがあるのよ。どうやらその記憶はないみたいだけど」
これもルージュやモニカから聞いた話だった。彼らが『初めて』バンガードに来た時、見知らぬ人達から大歓迎されたという。
二十五年ほど前、この世界はとある危機から救われた。災厄を前にして『塔』というものから何人もの異界の戦士がこの世界を訪れ、力を貸したという。ルージュやモニカはその時にも顕現《けんげん》し、人々の心に残るような活躍をしたというのが住人達の話だった。
ただし、戦士達にはその記憶が全くないというのだ。世界が護られた時、異界の戦士達は忽然《こつぜん》と姿を消した。しかし、彼らの存在はこの世界本来の民の心に刻《きざ》み込まれ、彼らは英雄として扱われている。
レスリーはというと、そのように誰かから見知ったように話しかけられたりすることはなかった。彼女は前の危機の際にこの世界を訪れたことがなかったのかもしれない。しかし、レスリーがよく知る人物は担ぎあげられて面映ゆい顔をしていた。
記憶をなくしている、あるいは別人かもしれないのに、賞賛されるのはどういう気持ちか。今日も鍛冶屋に居るであろう人物をレスリーは思い浮かべる。彼は二十五年前にどんな冒険をしたというのだろう。彼女が知らない彼は——
「レスリー?」
レッドに声をかけられ思考の海から浮上したレスリーは、なんでもないと微笑んだ。
「異界の戦士は誰も前の記憶をもっていないと聞くわ。あなたも気にしないでね」
複雑な心境だろうが、今はそれを受け入れるしかない。そのうち、彼らを今の彼らとして見てくれる人がいるはず、と彼女は密やかに願うのだった。
First Written : 2022/02/06
レスリーがメインストーリー第三話から出て来なかったので、その裏側を妄想。同時に、二十五年前の記憶がないという設定が明らかになった頃でした。