王女エリカの話。
※権力を授けし者2章のネタバレを含みます。
泣くまい。涙を見せてはいけない。軟弱だ、これだから女は、と思われてはおしまいだ。そうなれば母の犠牲の意味がなくなってしまう。
――男として生まれてきたならば。
否、今はそんなことを考えてはいけない。静かに、心を鎮めるのだ。余計な思考は感情を揺さぶってしまう。波紋は水面を乱し、奔流となって全てを呑み込んでしまう。
唇が震えそうになっても噛み締めろ。涙が零れぬように目を伏せろ。
貴方は強くならねばならないのよ、エリカ。
王女エリカは妹のアラウネの震える肩を抱いた。アラウネは静かに涙を零していた。声をあげて母の遺体に縋りつきそうになるのを懸命に耐えている。
涙はアラウネの優しさの証だ。彼女はこれでいいのだ、とエリカは思う。その優しさを喪ってはいけない。それがきっとエドラスを救う光となる。
だからこそ。
自分は強くならねばならない。誰にも負けぬ強さを手に入れねばならない。
――守るべきものを守るために。
「エル」
ハッとして剣士エルは剣の柄に手をかけた。
「おい、落ち着けよ」
殺気を向けられ、声をかけたシャルルは両手を胸の前にあげて後ずさる。
「……すまない」
彼を瞳におさめ、エルは剣から手を離した。やれやれとシャルルも手を下げる。
「そんなに気を張っていたら肝心なところで力が出ないぞ」
「……」
無言で返すエルにシャルルは肩を竦めた。腕は確かだが、エルの周りの空気はいつも張り詰めている。
何か事情があるのだろう、それは彼にも窺いしれた。特別な事情があるのは彼も同じだったからそこは詮索することはしない。
それにしても余りにも思い詰めすぎてはいないかと心配にはなった。ピンと張った線は一見強固のようで、案外脆いものだ。
しかし、それも余計なお世話なのだろう。シャルルはちらっとエルを一瞥すると剣を肩に担いで離れていった。
シャルルの靴が視界から消えるのをエルは静かに見つめた。彼が自分を気遣ってくれているのはわかっている。しかしそれに甘えるわけにはいかないのだ。
かつて心を許した人がいた。この人なら自分の荷物を半分預けることができるかもしれないと思った。けれども、その人はもういない。
それもこれも自分が弱かったためだ。
強くならねばならない。誰にも負けぬ強さを手に入れねばならない。
――守るべきものを守るために。
「我が名はエリカ・エドラス……
悪しき王より民を守る者なり」
First Written : 2021/07/17