グランポートにて。レブラントとアラウネの話。
※権力を授けし者2章のネタバレあり。
港には白い帆をあげた船が入ってきたと思えばまた別の船が出港していく。カンカンと鳴り響く鐘、飛び交う声。頬にあたる優しい潮風。市場を彩る様々な品や、鼻腔をくすぐる香辛料の香り。活気溢れる豊かな町。
「レブラント?」
彼は声をかけられて振り向いた。
「アラウネ様」
グランポートの町並みを眺め、しばし任務を忘れていたことをレブラントは恥じる。彼の仕えるべき君主、女王アラウネは眉を下げて微笑んでいた。
「何を考えていたか、当ててみましょうか?」
アラウネはレブラントの横に並びたち、同じように今出港の準備を整えている帆船を眺める。
「私と姉があの時グランポートに逃げのびていたのなら、と考えたのでは?」
彼女が発した言葉にレブラントの鼓動が跳ねた。心に残る後悔を彼女に見透かされたことに動揺する。
「それは……」
いいのですよ、とアラウネは少し控えめに笑った。
「私も、もしグランポートで育ったなら、姉さんはまだ生きていたかもしれないと考えていたところです」
「アラウネ様……」
レブラントは先の戦で亡くなったアラウネの姉のエリカ王女を思い浮かべる。王女の身でありながら剣を取り、暴虐な父王と対峙して国を守ろうとしたが、志半ばで処刑された、心強き王女を。レブラントが守りきることができなかったエドラスの光を。
パーディス三世を討ち果たした今となってもその喪失は彼の心に暗い影を落とす。アラウネの痛みを思えば尚更だった。過去の可能性を考えても詮無きことだが、彼女を喪わずにすむ道を空想してしまうことは止められなかった。アラウネも同様だったのだろう。
ですが、とアラウネは続ける。
「私たちはパーディス三世の血を引くのです。私たちが逃げてはエドラスの民は誰が守るのでしょう?」
レブラントはアラウネの横顔を見つめる。姉を想う哀しみの色は失せ、そこには静かな決意があった。
「今ならわかります。母は嫁いだ身ではありますが、心はエドラスの人間であったのでしょう。だから逃げることなく、あのような選択をした。
私は母のようになりたい。守るべきもののために強くありたい。」
アラウネは、グランポートの領主の屋敷の方を仰ぎ見た。青いリボンが揺れた。
「だから今はオルステラの為に、為すべきことを為しにきたのです」
アラウネの瞳の中には静かに燃える炎がある。それは激しく全てを燃やし尽くすような紅い炎ではなく、聖火のような慈愛に満ちた青い炎。
強さと優しさを。運命に立ち向かう術を彼女はしっかりと兼ね揃えている。
レブラントは安堵している自分に気づく。覚悟を決めたつもりが、何処かでいつも迷いがあったのだ。
――私達は間違っていなかったのですね。
彼は遠き『戦友』に思いを馳せた。
First Written : 2021/07/22