ギュスレス+ケルヴィン+フリン。
過去作品を少しだけ修正。当時膝枕の絵で空想した話。
「困ったわ……」
レスリーは呟いた。やりかけの刺繍を手に彼女はどうするか思案した。
身動きがとれない。それは彼女の膝にある「もの」のせいだった。
— 止まり木 —
レスリーは溜め息をついた。
それは心底困って吐いた息ではなかったが、誰もそれに気付いたものはいないだろう。この部屋には彼女と、そして彼女の膝に頭を乗せている人物以外に誰もいないからだ。そして、その人もそれに気付くべくもなく、瞳を閉じていた。
レスリーはとりあえず布に針を差し込んだ。もうすぐできそうだが、この状態では続けられるはずもない。なるべく体を動かさないように注意しながら、腕を伸ばして近くのサイドテーブルにそれを置いた。
両手が自由となった状態で、彼女は改めて彼女の膝を枕代わりにしている人物に目をやった。
「ギュス……」
小さな声で名前を呼んでみる。
呼ばれた当人は、安らかな眠りの中にいた。起きそうな気配は全くない。
彼女は小さく息を吐いた。困った、という気持ちと、よかった、という安堵の気持ちが混じり合ったため息。
ーーー
「ただいま、レスリー!」
「おかえりなさい、ギュス。」
扉を勢い良く開いたギュスターヴに、レスリーは顔を上げた。右手に針を、左手に布を持って座った状態のまま、少し顔をしかめてみせる。
「でもここはあなたの部屋ではないのよ、わかってる?」
「当たり前だろ。俺がこんな部屋を使っていたら気持ち悪い。」
「ノックぐらいしなさいよ。」
ケルヴィンの一侍女であるが、レスリーには一つの居室が与えられている。いつでも動けるようにケルヴィンの執務室が近くにある。侍女の身である前に、ケルヴィンの友人でもある彼女は、比較的自由にすることを許されており、部屋に関しても彼の心遣いで居心地が良いものになっている。調度品はどれも上品で女性好みのもので、申し分なかった。
レスリーの小言も全く解していないようにギュスターヴは大股でソファに近づき、そこにごろんと横になった。
「ちょっと…重いわよ。」
大人一人が横になれるぐらい広いソファだが、そこにはレスリーも座っている。ギュスターヴを避けるようにして、針をもった手を上げると、背中から体を沈めた彼の頭がレスリーの膝にちょうど乗るような形になった。
「疲れてるんだ。」
「だからといって、ここで寝なくても…!」
「どこで寝たって同じじゃないか。」
「何言ってんのよ。」
そんな言葉の投げ合いの後、結局彼は深い眠りに落ちていったのだ。
ーーー
レスリーはギュスターヴの顔を眺めていた。
眠っている姿は本当に心地よさそうだ。人の気も知らず、全くのんきなものだ。
鬼神と恐れられる鋼の13世が、このような無防備な寝顔をさらしていると知ったら、皆はどのような顔をするだろうか。
レスリーがくすりと笑みを零した時、扉を叩く音がした。
「レスリー、私だ。」
扉に出ることができない彼女は、急な来客に一瞬体を硬直させたが、見知った声に安堵する。
「ケルヴィンなのね、よかったわ。
開いてるから入ってきてちょうだい。今ちょっと、動けないの。」
彼女の声を受けて、ノブが回される。失礼する、と一言かけることも忘れないのがケルヴィンらしいところだ。
「ギュスターヴが帰ってきたと聞いたが?」
「ええ。」
首を巡らせて、彼女の姿を見つけたケルヴィンは固まった。しばらく間を置いた後、尋ねる。
「………寝てるのか?」
レスリーは黙って頷く。
扉を閉め、おそるおそるという風に近づいたケルヴィンは、ギュスターヴの顔を覗き込んだ。
「こんな無防備な寝顔初めてみたぞ……」
「そうなの? 随分長いつきあいなのに」
あっけにとられた様子のケルヴィンにレスリーは少し意外に思ったが、昔を思い出して一人納得する。
今や無二の友と言えるほどの彼らだが、正反対と言っていい性格をしているため、幼い頃から衝突を繰り返してきた。それらを経て、今の関係があるとも言えるのだが。そして気安い仲になってからは怒涛の日々が続いたため、そんなのんびりした時間もなかったのかもしれない。
ケルヴィンはしげしげとギュスターヴの顔を見つめた。
「まるで子供だな。」
「全くね。」
二人が目を合わせて小さく笑い合うと、またコンコンとノックの音がした。
「ギュスさま、いる?」
返事を待たずに顔を覗かせたのはフリンだ。
「フリン……、勝手に開けてはノックの意味がないだろう。」
「あ、ごめんなさい。」
ケルヴィンが眉を寄せると、彼はしゅんと謝ったが、ギュスターヴの姿を見つけてひょこひょこと寄ってきた。
「ギュス様、疲れてたのかな。」
「そうらしいわね。」
レスリーが答えると、そっか、と小さく頷き、フリンはその顔を覗き込んだ。
「ギュス様、本当に幸せそう。」
フリンはぽつりとそう言うと、彼自身も幸せそうに微笑んだ。
思わぬ言葉にレスリーは少し頬を染め、ケルヴィンはどこかきまり悪そうに窓の外を見る。
「…そうね。」
ギュスターヴの髪を少し撫でて、彼女はふふっと笑った。
First Written : 20XX/XX木