ホワイトデー話。鍛冶屋コンビ(ギュス様とノーラ)の会話。
カーンカーンと高い音が響く。
「なぁ、親方」
「親方はやめてくれって言っただろう」
鉄を叩くノーラの向かい側でギュスターヴは呟く。額を伝う汗をふくことも、彼に視線を向けるでもなく、ノーラは彼の呼びかけに答える。バンガードの鍛冶屋で店番を請け負うことになったギュスターヴだが、ノーラも度々訪れては作業を手伝ったり、彼に指南をしていた。職人の彼女曰く、工房にいるとやはり落ち着くらしい。
ギュスターヴはじっとノーラの手元を見つめたまま続けた。
「ホワイトデーって何したらいいんだ」
思いがけない質問にノーラは彼を一瞥したが、直ぐにまたハンマーを振り下ろした。
「聞く相手を間違えちゃいないかい?」
カーンと音が鳴り響く。紅い金属とハンマーの間に火花が散った。
「私は人にチョコレートをあげたことはないからね、お返しも貰ったこともないよ」
「でもこの前は沢山貰ったんだろう?」
「あぁ、そうだったね。そうか、お返しか……確かに考えないとね」
ノーラは手を止めてハンマーを置くと、懐から出した煙草を口にくわえて火をつけた。ふぅっと息を吐くと煙が二人の間にたなびく。
「ノーラだったら何が欲しい?」
「新しいハンマーかな。こいつもだいぶくたびれてきたようだし」
ギュスターヴは大袈裟に眉を顰めてみせた。
「参考にならないな」
「だから聞く相手を間違えてると言ってるだろう」
あははとノーラが笑うと、ギュスターヴもつられるように声をあげて笑った。
「欲しいものなんて人それぞれだよ。本人に希望を聞くのが一番なんだろうけど、それができるならそもそも私に聞かないか」
「……うん」
「それじゃあ自分で考えるしかないね」
ノーラは煙草を指で軽く叩いて灰を落とす。
「さて、続きをしようか」
「はい、親方」
「だから親方はやめてくれ」
ハンマーを手に取り、ノーラがまた鉄をうつ。
(どうしたものかな……)
カーンカーンと鳴り響く音の合間に、ギュスターヴは秘かに頭を悩ませるのだった。
* * *
それから数週間後。ギュスターヴに呼び出されたレスリーは鍛冶屋のカウンターで彼と向き合っていた。
「それで、何の用事?」
彼女が訊ねるとギュスターヴは店の奥から何やらを取り出して戻ってくる。
「前に打ったものより良いものができたから」
そう言って目の前に出したのはひとつの剣。鋼のような黒い刃を持つその剣はうっすらと水の気を帯びている。アニマとは少し違う、この世界で術を使うのに適した力。手にしてみると今までレスリーが使用していたものより軽く、扱いやすい。
礼を言おうとして、レスリーはカウンターに別のものが置かれていくことに気づく。
それは剣と同じ素材で造られたバングルだった。シンプルで装飾も少ないそれは、でも丁寧に磨かれてほのかに輝いていた。
「ギュス、これって……」
「やるよ」
言葉少なに返すギュスターヴは、その実、彼女の様子を注意深くうかがう。
フリンはバレンタインのお返しに花をあげていた。ケルヴィンは異国の菓子と紅茶を。
どちらもギュスターヴには気恥ずかしく、また不似合いな気がした。同じようなものを渡すのもどうにも気に食わない。
悩み抜いた結果、彼だからこその品。それがこの腕輪だった。たとえ意匠が気に入らなくても、戦いでなら役に立つ。それならば、と。
固唾を飲むギュスターヴの前で、レスリーは頬を綻ばせるようにふわりと笑った。
「ありがとう、ギュス。大切にする」
「……うん」
途端に照れくさくなってギュスターヴは今度こそそっぽを向いた。
その日を境に、レスリーが彼女にしてはやや無骨な腕輪をしているのと、時にそれを眺めてはほんのり頬を上気させているところが見られたとか見られていないとか。
First Written : 2022/03/02