* * *
鋼の匂い。肌に触れる空気の熱さ。
この場所は——
「ギュス様!」
『「ギュスターヴ!」』
ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りと、胸にあたる軽い衝撃を受けて、ギュスターヴはゆっくりと目を開いた。視界に飛び込んできたのは、馴染みの鍛冶屋の壁。彼が主となった工房。いつも見慣れた位置より低いのは、彼が半ば倒れるように床に腰をついているからだろうか。
「ギュス様、よかったぁ」
すぐそばで彼の顔をのぞきこんでいたフリンが嬉しそうに胸を撫でおろした。視線を上へとずらすとケルヴィンも同じようにふぅと安堵の吐息をもらす。
「何が起こった?」
ギュスターヴは未だ回らぬ思考を巡らせる。確か、天に浮かぶ黒い星。そこに彼らは向かって自らを神と名乗る者と対峙した。
「私にもよくわからんのだ。神獣を倒して、それから私達はおそらく」
「……消えた」
あの時の感覚を思い出してギュスターヴの肌が粟立つ。うむ、とケルヴィンがやや青ざめた顔で頷いた。
「気がつけばここにいた。一緒にいなかったはずのフリンやお前もな」
となると、ギュスターヴは視界にうつるひと房の金色に目を移す。彼の胸に顔を埋めるレスリーの髪にそっと触れた。
「俺達は確かに消えた。だけど、ここに、バンガードに戻ってきた?」
無意識に確かめるようにギュスターヴはまた彼女の髪に指を通す。指先をするりと流れていく感覚に、言い知れぬ安心を得る。
「……無事でよかった。私達は外の様子を見てくる」
ケルヴィンは薄らと頬を赤く染め、フリンへ目配せをした。また後でね、とフリンは立ち上がり、外へと続く扉へと向かう。
チリン、と扉についた鈴の音が鳴った。その音にレスリーが身動ぎする。離れようと手を突っ張るのを感じとり、ギュスターヴは彼女の背中に両腕を回した。
「……ギュス?」
胸元が濡れているのがわかる。このまま離してしまえば、二度と機会は訪れないような気がしていた。
しっかりと抱き込まれたことに戸惑い、レスリーが顔をあげる。彼と視線を結んだ途端、彼女の双眸がまた涙に揺れた。
「ギュス、私、なんであの時一緒に行かなかったんだろうって、それで」
いつもの彼女らしからぬ動揺ぶりにギュスターヴの胸は熱くなる。取り乱した姿が、在りし日の姿と重なる。
「それで、消えるのがわかった時、貴方に伝えたかったのだと気がついて」
遥か遠いあの地では決して口に出そうとしなかった言葉を。
「私、」
「レスリー」
涙と同時に言葉をこぼし落とすような彼女をギュスターヴは静かに制す。
いつ終わるかもわからない泡沫の夢。その夢に甘えて徒に時を過ごしてきたけれども。
終焉はいつだって突然。
ならばこそ。
「レスリー、俺の話を聞いてくれるか?」
頷く彼女を見て、ギュスターヴは満足そうに笑った。
胸に熱く震えたこの想いに、言葉を与えよう。
First Written : 2023/05/07