ポルカ編終了後。バートとジョーと少しだけリズとポルカ。
「ート……、ねぇ、バートってば!」
名を呼ばれ、バートは瞬きをした。次第にはっきりしてきた視界にはじっと覗き込んでくる黒髪の少女。彼の双子の姉であるジョー——ジョセフィン・リン・ウッドだ。
「何寝ぼけてるの? 朝弱いタイプ?」
その声に、バート——バートランド・リン・ウッドは、自分の目の前を見下ろした。そこには白いプレートの上に、ソーセージと目玉焼き、焼いたばかりのトースト、カットされた林檎ががある。その横のグラスにはオレンジジュースが注がれている。
ジョーはテーブルを挟んで彼の向かい側に座る。彼女の皿には彼と同じメニューの朝食が並んでいる。気のせいでなければバートのそれよりも量が多く、ちょっとした山になっていた。早速フォークでソーセージを突き刺すと、ジョーはそれを口に運ぶ。
「うん、パリッとしてて美味しい」
彼女は満面の笑みを浮かべると、皿の上のものを次々と頬張る。あっという間になくなりそうだった。その勢いに圧倒されながらも、バートは自分のフォークをとり、目玉焼きの端を切って口に入れた。
(美味しい……)
口の中でその味を堪能していると、向かい側からにゅっと手が伸び、彼の皿の上の林檎をジョーのフォークが掠めとっていく。
「ジョセフィン?!」
「ボーッとしてるからよ」
なんか文句ある?とばかりにジョーはニヤリと笑った。
「行儀が悪いとか思わないわけ?」
「美味しく食べてもらえる方が林檎も嬉しいでしょ」
ああいえばこう言う。バートはジョーの言い草に内心あきれながらも、そのテンポの良さに言い知れぬ心地良さを感じていた。
「それにしても距離詰めてくるの早すぎない? 僕たち、出会ってからそんなに経ってないし、なんなら少し前まで敵同士だったんだよ」
バートは前々から疑問に思っていたことを口にする。ジョーだけでなく、リズやポルカ——リン・ウッド家の面々は距離感が近い。まるで年月の欠落などなかったかのように接してくるさまに、バートは戸惑っていた。普通はもっとぎこちなくなりそうなものだ。
「だって、あんたは私の弟なんでしょ? 思いっきりぶつかりあったんだから、もういいじゃん」
ジョーはあっけらかんと言い放つ。愚問だとばかりに、その様子は至極あっさりとしている。
「それに、離れて育った分、あたし達は時間をすごく無駄にしてると思わない? 取り返そうと思ったら、その分もうんと濃い〜時間を過ごさなきゃもったいないでしょ」
(なんだか良くわからない理屈のような気がするけど……)
バートが片眉をあげると、ジョーは声をだして笑った。
「良くわからないって? それはおかしいよ。だってこれは、あんたが望んでいることなんだから」
その言葉にバートはハッとして、ジョーの顔を見つめた。彼女の背後の窓から朝の陽光がさす。勝気な笑顔を浮かべた姉がその眩しい光に染まるようにとけていく。
「バート、バート」
名を呼ばれ、バートは瞬きをした。次第にはっきりしてきた視界にはじっと覗き込んでくる栗色の髪の女性。彼の母であるリズ——リズ・リン・ウッドだ。
「……ママ」
「昨日は良く眠れなかった? お兄ちゃんのいびきがうるさかったもんね」
「え、俺そんなにうるさかったか」
驚くポルカの前に朝食を並べながらリズは、そうだよ、と笑った。
旅先で運良くコテージを借りれることになって、久しぶりにキッチンで料理ができると、リズが張り切っていたことをバートは思い出す。そう、彼らは姉のジョーを探している旅の途中だった。椅子に座りながら、夢を見ていたのだろうか。
「バート、まだ眠たいのなら朝食の後にゆっくりしましょう。あたたかいうちに食べてね」
そう言ってリズが目の前に並べたのはソーセージと目玉焼き、焼いたばかりのトースト、カットされた林檎。バートは、フォークをとると、目玉焼きの端を切って口に入れる。
リズは彼の向かい側に座ると、頬杖をついてバートの顔をニコニコと眺める。
「美味しいよ、ママ」
「ほんとう? よかったわ!」
バートの感想にリズはとろけるような笑みを浮かべた。満足した彼女は手をあわせて小さくいただきます、と口にしてから食事を始める。
——だってこれは、あんたが望んでいることなんだから
ジョーの言葉をバートは反芻する。これはバート自身が心の底で望んでいた光景なのかもしれない。
(だから、ジョセフィンもここにいなきゃダメなんだよ)
「……待っててね、姉さん」
「ん? なんて言ったの、バート?」
リズが不思議そうに聞き返す。
「なんでもないよ」
バートは、ほかの誰かにとられる前に、慌てて林檎を口に放り込んだ。
First Written : 2022/01/04