リッチとウィルとエッグ。
子供の頃に繰り返し見る悪夢があった。
暗闇の中で、卵の形をした魔物が妖しく光る。戦う術を持たない子供の俺は少しずつ迫り来る奴から逃げることもできずに立ちすくむ。その目の前に親父が立つんだ。真っ直ぐに化け物に向かっていこうとする親父の服に縋り付き、引き止めようと顔をのぞく。すると、こちらを振り返った親父の目があるべき位置にはぽっかりとした空洞があるのだ。
悲鳴で飛び起きることはもうない。しかし、その記憶はいつも脳裏にこびりついている。
エッグの話をする親父が嫌いだった。繰り返される話に耳を塞ぎたかった。恐ろしかったのはエッグじゃない。その話をする時の親父の、瞳の奥に揺らめく昏い焔に戦慄したのだ。
卵の噂をきけば、親父は請け負った仕事も何もかも投げ出して、その噂を確かめに飛び出していった。母さんは引き止めなかった。気をつけて、と言って見送っていた。親父が帰らない日は夜遅くまで起きていた。俺が近づくと、「眠れないの?」と微笑んで頭を撫でてくれたが、その頬に涙を拭った跡があることは気づいていた。
噂は噂でしか無かった。血相を変えて出かけていった親父は、どこか落胆したような、疲れたような顔をして帰ってきた。それが無性に腹立たしかった。
そして今、俺は——俺は卵を追っている。引き返せと頭で鳴り響く警鐘とは裏腹に、足はあの女の跡を辿っていく。
親父の覚悟も。
母さんの涙の意味も。
ここにきてやっとわかるとは、皮肉すぎて笑えてくる。いや、泣けてくる、という方が正しいのかもしれない。
あぁ、俺は何をやっているんだか。
夢なら今すぐ覚めてくれないか。
First Written : 2022/09/21